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タイムアップ・リベンジ

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 当の俊治はそんなことは分からない。まさか、幹江がそんなことを考えているなんて分からないので、恋愛感情が表に出てこなかったのは、そのせいであろう。それでも、自分の考えていることはすべて幹江には分かっていると思うと、慕いたいという気持ちは、さらに増してくるのだった。
 幹江は、俊治との距離を保っていることで、
――自分は次第に控えめな立場になるのが、一番いいことだ――
 と思うようになっていった。
 俊治の前だけではなく、他の人の前でも幹江は控えめな態度を取るようになっていた。
 そんな幹江を見ていて、俊治が感じたのは、
――姉のようだ――
 と思うことだった。
 だが、それは底の方で考えていることであって、表向きは幹江を妹のように思っているという感情もあった。そのせいで表向きにも、表面上の感情も、妹のように思っていた。そんな関係が、俊治と幹江の間では一番いい関係だったのだ。
 中学時代に知り合った時の幹江は、本当に暗いタイプの女の子だった。集合写真でも、いつもどこにいるか分からないような女の子である。逆に俊治は、目立ちたがり屋で、必ず中央近くにいようとしていた。ただ、それが空回りになっているということを本人は分かっていない。そんな俊治を冷めた目で見ていた同級生も結構いただろう。
 しかし、幹江は冷静には見ていたが、決して冷めた目で見ていたわけではなかった。どちらかというと、慰めの目で見ていた感覚である。
 慰めの目は決して憐みの目ではなかった。憐みの目ができるほど、幹江は自分に自信があるわけではない。
 それでは、もし幹江が自分に自信があったらどうだっただろう?
 きっと他の人たちのように、冷めた目で見ていたかも知れない。幹江は他の人たちと違って自分をわきまえていた。
――自分に自信もないくせに、人に対して冷めた目で見るなんて、そんなおこがましいことができるはずはない――
 と思っていたのだ。
 逆に、自分に自信を持てているはずがないと思える人が、俊治を冷めた目で見ている人がいれば、そんな人に対して、露骨に冷ややかな目をしたかも知れない。自分と同じように自信を持てない人は見ていて分かる。そんな人が、人のことを蔑もなど、信じられないことだった。
――どんな心境になれば、そんなことができるのかしら?
 と、半分呆れかえっていた。
 俊治を見ていると、時々苛立ちを感じることがあった。自分に自信がない幹江にとってこの感情は信じられないものだった。
――何? この感情は――
 苛立ちは、俊治が身の程を知らないのが分かっていて、それを自分が指摘できないことにもあった。そしていつの間にか俊治が、
――彼は自分のことを分かっているのではないか――
 と思うようになっていた。
 身の程知らずに見えているが、本当は分かっていて、しかも、分かっていることに対して、自分でどうすることもできないことに自分の中で苛立ちを覚えている。それを見ていて、幹江も苛立ちを覚えるのだった。
 俊治は幹江が自分のことを見つめていることに次第に気付くようになった。どちらかというと鈍感な俊治は、幹江のことを分かっていなかったのだ。
 そのうちに、
――彼女の視線、あれは何なんだろう?
 鋭い視線を感じたが、腹を立てているように見える。自分が一体何をしたのか、心当たりのない俊治だった。
 心当たりなどあるはずはない。俊治は彼女に何かをしたわけではなく、俊治の態度に苛立ちを覚えているだけなのだ。もちろん、そんなことを俊治が悟れるわけもなく、俊治はしばらく、
――不思議な視線――
 に晒されることを余儀なくされた。
 しかし、次第にその視線が心地よく感じられるようになった。鋭い視線ではあるが、グサっと来るような痛さではない。チクチクくるような痛みであって、くすぐったさを感じさせるような視線に、心地よさを感じたのだ。
 俊治が自分の視線に気付いたことが分かると、幹江は次第に恥かしくなった。今度は、幹江が俊治の視線を感じる番だった。
――私がこんなに恥かしがり屋だったなんて――
 感じたことのない視線は、実は幹江の視線に感じた俊治の感情に似ていた。くすぐったいような心地よさに包まれる幹江は、次第に気持ちよさを感じるようになった。
 幹江にはM性のあることを俊治は次第に感じるようになったが、幹江は自分にM性があることを、俊治の視線で感じたのだ。
 恥かしがり屋だという感情から気が付いたのだが、それがどのようなものなのか、幹江にはよく分からなかった。ただ、Mな感覚が悪いことではないというのは、以前から分かっていた気がした。
 それは、幹江の小学生時代の嫌な思い出があったからだ。
 幹江は嫌な思い出だとずっと思っていたこと。それは、近所のお兄さんとの、
――秘密の遊戯――
 があったからだ。
「絶対、誰にも言うなよ」
 と言われて、
「うん、言わない」
 こんなこと、誰にも言えるはずなどないと思っていた。
 屈辱的な経験をしたこともあった。いくら小学生と言っても、異常体験には変わりない。
近所にあった空き家に連れ込まれて、裸にされたり、おしっこするところを見られたり、屈辱的な体験だった。
「恥かしい」
 この言葉を、お兄さんは一番喜んでくれた。
 期間としては、一か月ほどの短い間だけだったが、
――こんなことが永遠に続くんだろうか?
 と思えた矢先、急にお兄さんは親の都合で引っ越すことになった。
「じゃあな」
 と、お兄さんは別れることに何ら感情を浮かべていない。
――寂しいって感情がないのかしら?
 悪戯されていた幹江の方が、寂しさを感じていた。永遠に続くと思われた屈辱的なことが終わりを告げたのだから喜ばしいことのはずなのに、幹江には、寂しさの方が優先されたのである。
――どうして、私は寂しいって思うのかしら?
 その思いは、幹江の中でトラウマとして残っていた。
 もちろん、俊治に幹江のそんな感情など分かるはずもない。幹江の中にM性を感じながら、それがどこから来るものなのか、分からなった。
 分かろうという思いもなかったようだ。別に知ったところで、それがどうなるというものではない。却って知ってはいけないことのように思えたからだ。
――知ってしまっては、相手に対しての感情が変わってしまう恐れがある――
 という思いもあった。
――知らぬが仏という言葉もあるではないか――
 と感じた。
 相手のことを知りたいと思う感情は悪いことではないが、人にはそれぞれ知られたくない一面というのがあってしかるべきだということを、俊治はおぼろげに感じるようになっていた。
 ハッキリとした確証があるわけではないが、人の気持ちに入りすぎるのは危険だということを感じるようになっていた。
 それなのに、加奈と付き合っている時は、その思いを感じる暇がなかった。それほど喧嘩ばかりしていたということでもあるのだが、それ以上に、喧嘩することで、余計に相手のことが気になってしまい、抜けられなくなってしまったというところがあった。きっと、知らず知らずに相手の気持ちに入り込んでしまっていたからだろう。