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タイムアップ・リベンジ

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 という状況に、堂々巡りの感情が繰り返され、感覚がマヒしてしまう状態に陥ると、後は、時間が解決してくれるしかないことにいつ気づくかということが問題になってくるのだ。
 加奈が自分の前からいなくなったことで、俊治はそれまでの自分が何をしていたのか急に分からなくなっていた。加奈のことを忘れてしまっていたのも、その時に感じていた空洞感のようなものが影響しているのかも知れない。しかし、加奈と別れたからといって、すぐに幹江に靡くようなことはなかった。空洞があまりにも大きかったことで、その中に誰かを引きこむことを自分の中で拒んだのだ。
 そのうちに、幹江との連絡も取らなくなっていった。
――あの時の空洞は、幹江とも連絡が取れなくなり、一人きりになった時のことを示唆していたのかも知れないな――
 と感じるようになっていった。
 ここまで思い出してくると、分からないことまで思い出されてきた。
――分からないことがなければ、記憶の奥に封印することもなかったのだろうか?
 と思ったが、分からないことがなくても、きっと記憶の奥に封印していたように思えてきた。
 しかし、同じ記憶の奥に封印したにしても、その場所は違っていたと思う。その場所がどれほどの遠さだったのか、今となっては分からないが、記憶を封印する場所がどれほどのものなのか、想像するのは難しかった。
 幹江がそれからどうなったのか、噂にも聞いたわけではなかった。俊治にとっての二十五歳が、
――時間が止まってしまった――
 と思うようになったのは、加奈にフラれたことよりも、幹江と連絡が取れなくなってしまったことで止まってしまったのだった。
 二十五歳から三十歳までは、孤独である自分を、
――情けない――
 と思っていた。
 決して、孤独に納得していたわけではない。そのうちに自分に似合う女性が現れると真剣に思っていたのだ。加奈にフラれたショックは少し尾を引いていたが、それも、
――自分は悪くない――
 という思いがあったことで、理不尽な思いが解けなかったからだった。
 今でも、加奈との間のことは、
――仕方がなかったことだ――
 と思うことで、自分を納得させてきた。
 しいて言えば、
――相性の合わない人と付き合った自分が悪いんだ――
 と言えなくないと思っていた。
――もし、加奈に出会うことがなかったとしたら、最初から幹江と付き合っていたのだろうか?
 と考えてみたが、その答えはノーだった。
 もし、加奈がいなかったら、幹江のことを意識することもなかったに違いないと思っている。幹江という女性は、誰かと比較しなければ、彼女の本当のイメージが湧いてこないのかも知れない。
 幹江は、俊治にとって、
――影のような存在――
 だったのかも知れない。
 しかし、確実に存在していたのは確かで、忘れていたことが悪いのだ。しかし、忘れてしまうには、それなりに何か理由があったのではないだろうか。
 俊治は、幹江と付き合った時期があったのは本当だった。
 加奈と別れてからしばらくは、何をしたいのか、何をすればいいのか、見当もつかなかった。そんな時、そばにいたのは幹江だった。
 幹江は慰めてくれたわけでも、叱咤激励してくれたわけでもない。ただそばにいただけだった。あまり存在感がなかったからなのか、幹江を抱いても、感情が籠っていなかったような気がした。
 それは、加奈と付き合っていた時期が、あまりにも波乱万丈だったからなのかも知れない。
 加奈とはいい意味でも悪い意味でも、喧嘩が絶えなかった。そういう意味では毎日が激しい戦場のようで、気が付けば疲れていた。それは、加奈のことをいつも考えているようで、実際には自分のことしか考えていなかったのだろう。喧嘩をするほど仲がいいなんて言葉、詭弁にしかなかったに違いない。
 最初は波乱万丈で、起伏の激しい毎日だと思っていたが、よく考えてみると、単純な毎日でもあった。
――今日は、どんなことが起こるのかな?
 と期待してみても、結局最後は、喧嘩して、自分が折れてしまうのだ。疲れを伴うだけで、自分にとってのメリットはどこにもない。
――昨日よりも今日、今日よりも明日――
 と言えるような毎日ではない。ただ、その日を何とか終わらせることに終始していた。
 そのことを分かっていたのは、加奈の方だったのかも知れない。喧嘩しながら、次第に苛立ちが激しくなる。そんな毎日にウンザリしていたのだろう。日に日に苛立ちが募ってきて、そのうちに収拾がつかなくなる。そんな加奈の気持ちをまったく知らない俊治は、加奈が考えているよりも、はるか後ろにいるのだった。
 加奈も気が付けば自分だけが先の方に行っていて、俊治を置き去りにしていることに気付くと、自分が悪いのか、それともこの期に及んで、まだ自分の立場が分かっていない俊治に対して苛立っているのか、悔しい気分になっていたことだろう。
――どうして私だけが、こんなに気を病まなければいけないの?
 と思い始めると、俊治を蔑んだ目で見るようになった。
――しょせん、この男も大したことはないわ――
 ここまでくれば、もう修復はできない。
 最初こそ、喧嘩だったものが、途中から一方的な蔑みにすぎなくなってしまう。完全に立場が固まってしまうと、そこから脱却することはできなくなった。
 加奈も、ここまで雁字搦めに固めてしまうつもりなどなかったに違いないが、一度固まってしまうと、表に出すことはできない。
 加奈は、自分の中で完全に俊治を見限った。後ろの方に置いてきた男が何を言おうとも、もう聞く耳を持たない。そこまで来て、初めて俊治は加奈の異変に気付いた。
――気付いたところで、もうあとの祭りだ――
 俊治は、そのことに気付かない。
 いずれは自分のところに戻ってくるなどという甘い考えを持っていたことで、
「俺は君がそばにいてくれるだけで、それだけでいいんだ」
 と、言うことを口に出して言った。
 俊治にしてみれば、まだまだ自分に未練があると思っているので、その言葉で、加奈は少しは考えてくれるだろうという考えだった。しかし、加奈にしてみれば、そんな言葉はすでに過去に想像しただけで、一瞬にして通り過ぎていた幻想だったのだ。
――何を今さら――
 と、心の中で、舌打ちをしていたに違いない。
――しょせん、こんな男なんだ――
 と思ってしまえば、ここから先は上から目線でしか見ることができなくなっていた。
 俊治は自分の中にある男としてのプライドから、目線は当然上から目線であった。いくら口では下手に出るような言い方をしていても、出てくる態度は、上から目線であった。
 相手も上から見下ろしているのだから、そこに接点などあるはずもない。結局、二人は行き違ってしまって、交わることはありえないのだ。
――磁石の同極が反発しあうのと同じだわ――
 加奈は、そう感じたことだろう。