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タイムアップ・リベンジ

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 相手は誰だったのか覚えていない。俊治が異性を意識し始めたというのは、女性を好きになったことから感じるようになったわけではないからだ。
 俊治が異性を意識するようになったのは、
――羨ましい――
 という感情から始まっていた。
 自分のまわりの男子が、女の子と一緒にいる時、今までに見たことのない楽しそうな表情をしている。しかも、
「どうだ、羨ましいだろう」
 と口には出さないが、いかにも相手を見下すような「どや顔」になっているのだ。俊治でなくとも、そんな顔を見せられれば、男として、屈辱感を感じることだろう。
――羨ましい――
 という感情は、そのまま自分に対して、
――屈辱感――
 を産むことになるのだ。
 屈辱感は、妬みとなり、それが、どのように異性への意識に変わって行ったのかまでは、今では分からないが、きっかけは、
――羨ましいという思いから生まれた屈辱感――
 だったのだ。
 中学時代の頃の意識は、極端に記憶としては残っていない。
 時間もあっという間に過ぎてしまったという印象と、
――暗い時代だった――
 という印象しか残っていない。
 高校時代の三年間は、彼女ができない時期もあったし、やっとできたとしても、
「同情で付き合っている」
 と罵られた屈辱もあった。
 しかし、暗い時代だったという意識は、中学時代に比べれば薄かった。それはきっと、
――まだまだこれからだ――
 という、異性に対しての想いだけではなく、他のことに対しても感じていたからだ。
 それは、自分の中に「可能性」を感じていたからなのかも知れない。
――諦めない――
 という気持ちが一番強かった時期なのかも知れないとも思っている。
 大学時代は、逆に明るい時代だったと思っているが、明るいだけで、それに似合う「実績」は残っていない。完全に、
――空洞の時代――
 だったのだ。
 その証拠に、大学時代にたくさん友達は作ったが、卒業してから連絡を取り合っている人はほとんどいなかった。
 最初の頃にいるにはいたが、お互いに仕事を覚えなければいけないという思いが強く、どうしても遠慮してしまっていた。本当は、話をしたいと思った時に連絡してきてくれない相手に不信感も抱いたりした。それは、お互いさまなのにである。
 遠慮が自分本位の考えからしか生まれないということに気が付いた時、俊治は学生時代のことは頭の中から消すように心掛けた。
――そういう意味では、早めに学生ボケから開放されたのはよかった――
 というべきであろうが、そのために負ってしまったリスクが大きかったことを、俊治には分からなかった。その思いが仕事に慣れてからというもの、毎日をただやり過ごす生活になってしまったことに気が付かなかった。
 要するに、
――楽な道を選んでしまった――
 ということである。
 幹江は、俊治のことを誰よりも分かっていた。
「俺が何を考えているのか、いつも分かっているようだな」
 というと、
「ええ、分かるわよ。俊治って分かりやすいもんね」
 と言って笑っていた。
 分かりやすいという表現は、友達の間でもされたことがあった。ただ、それは行動パターンというわけではなく、女性の好みに対してだった。
「お前は、俺たちがあまり意識しないような女の子が好きなようだからな。反対のことを言えば、たいてい当たるさ」
 と言われた。さらに、
「お前と女の取り合いだけはしなくて済む」
 と言われたことで、俊治は自分が初めて、
――皆と女性の好みが違うんだ――
 ということが分かった。
 だから、高校時代に付き合っていた女の子の口から、
「同情で付き合っている」
 などという言葉が出てきたのだ。この時に、彼女が言った意味がやっと分かったのである。
 そのことを幹江は分かっていたようだ。
「俊治は正直だから、女性と付き合う時はよほど気を付けないとね」
 と、高校時代に言われたことがあった。
「どうして?」
 と、聞いても答えなかったが、その時に感じたのは、
――正直だったら、どうして気を付けなければいけないんだ? 正直に越したことないじゃないか――
 と頭を傾げたが、すぐに、
――幹江のやつ、やきもち妬いてるのかな?
 と思った。
 今ならその思いが分かる気がする。
 幹江は俊治の女性の好みを分かっているので、いずれ俊治が彼女にフラれるであろうことを察知していたのであろう。
 しかし、露骨にフラれるとは言えないので、
「正直だから」
 という言葉で、何とか悟らせようとしてくれたのだろうが、いい方にしか取らない俊治に、幹江の気持ちは通じなかったのだ。
 それだけ俊治はその時、付き合っている彼女に自分が好かれていると思っていた。その裏返しに、
――君を好きになる男性は、僕くらいのものさ――
 という思いがあったに違いない。
 競争相手がいないことの気楽さと、誰からも好かれることのなかった彼女は、
――自分を好きになってくれる人がいれば、きっとその人に逆らう気持ちなどあるはずはない――
 という気持ちであるに違いないと思いこんでいる俊治は、自分に都合よく考えることで、自分がまるで救世主になったような気がしていたことだろう。それは同情とは違っているのだろうが、もっと悪い考え方である。そのことを認めたくないという思いから、同情という言葉も否定しようとする。俊治は分かっていないつもりでも、本当は分かっていたのかも知れない。
 幹江に対して抱いていたイメージを思い出した。
――しっかりしている中に、あどけなさを感じる――
 というものだった。
 そのイメージは、静香の中に感じられたものに似ていた。
 静香には、あどけなさの方が表に出ているように感じたが、あどけなさという部分だけを取ってみると、本当によく似ているような気がしてきた。
 俊治は静香を見ていて、加奈のことを思い出したと最初は思ったが、実際には、
――幹江のことを思い出したことで、加奈のことを思い出したのであって、後に思い出した方が表に出てきただけのことなのかも知れない――
 と、感じていた。
 加奈との別れはあっけなかった。
 俊治は、必死になって加奈を繋ぎとめようとしていたのだが、
「私、今度結婚するの」
 と、想像もしていなかったことを言われた。あまりにも唐突で想像もつかないことだったので、
――俺と別れたいがために、そんなウソまでつくのか?
 と感じたが、実際に結婚相手を紹介されては、さすがに俊治も折れるしかなかった。
 加奈はそれから三か月もしないうちに婚約し、あっという間に結婚という形で、俊治の前から去って行った。要するに、俊治は二股を掛けられていたのだ。
 あっけにとられたことで、怒りも生まれなかった。
 最初に怒りを感じなければ、途中から怒りを感じることはない。逆に、最初に怒りを感じたら、その怒りの気持ちが変わることはない。もし、怒りの内容が勘違いだったとすれば、その時俊治は、自分を責めることで、何とか気持ちを収めようとする。しかし、自分を責める謂れはないので、結局、
――ないものに対してあるかのごとく振る舞っている――