タイムアップ・リベンジ
「同い年だからそう思うのよ。男性より女性の方が、同い年ならしっかりしているって言われるでしょう?」
「それは世間一般に言われていることであって、人それぞれに違うもんさ」
「じゃあ、私たちは?」
と聞かれてしばらく答えられなかった。
その様子を幹江は黙って見ていた。
「ほら、やっぱり答えられない。私たちって、特別な関係なのかも知れないわね」
と、アッサリと言ってのけたが、それが幹江の性格でもあった。
――大切なことでも、サラッと話ができてしまう幹江を見ていると、少々の悩みごとでも、小さいことのように思えてくる――
話をしているだけで、少々の悩みなら吹き飛んでいきそうな気がするのだった。そこが幹江の魅力だった。だが、そのことを最初に感じたのは、高校の頃だったのだが、
――他の女の子と話はできないけど、幹江とならどんな話でも気軽にできる――
と思ったことだった。
しかも、幹江と話をしているうちに、他の女の子とも話ができるような気がしてきたからなのか、加奈にも声を掛けることができたのだ。
加奈と付き合うきっかけになったのは、まわりの人が背中を押してくれたからで、お膳立てを整えてくれたからだったが、実際にお膳立てを整えてくれても、最終的には俊治自身がその場で何も話すことができなければ、うまくいくものも、うまくいくはずがなくなってしまうというものだ。
俊治が、加奈との初デートで話をキチンとすることができたから、付き合うようになったのであって、喧嘩になってもまた仲直りできるのも、俊治が決して相手を女性だと言うことで臆しているわけではないからだった。
もし、幹江という女性がいなければ、俊治は加奈と付き合うこともなかっただろうと思う。加奈と喧嘩ばかりしている時、たまに幹江のことを思い出して、懐かしさを感じるのは、やはり、幹江に対しても少なからずの想いを持っていることを思い知ったからに違いない。
加奈との仲が、修復不可能だと感じるまで、かなり時間が掛かった。加奈の方は、すでに自覚していたようだが、俊治には自覚する勇気がなかった。
今から思えば、加奈との仲が修復不可能になり、そのまま別れてしまっては、幹江とも関係が遠のいてしまうように感じた。
もちろん、根拠があるわけではない。元々加奈との関係を考えている時に、幹江のことを考えるというのは、不謹慎と言えるだろう。
――そんなだから、加奈との仲が修復不可能になっても、諦めきれないんだ――
と感じた。
すべてが悪循環なのかも知れない。
最初に二人のうちどちらを意識し始めたのか覚えていないが、二人とも、見た目は似ているようでも、接して見ると、結構性格的には違っていた。正確に言えば、幹江の場合は見た目とあまり変わりはないが、加奈の場合は、付き合い始めると、実際とは違っていた。そのことにもっと早く気が付けばよかったのだが、俊治は気付くのに遅れた。それが悲惨な結果を招くことになったのだろう。
どちらを先に好きになったのかは別にして、最初にアプローチしたのは、加奈だった。それは加奈の方からも俊治に対して、歩み寄りの姿勢があったからだ。ただ、それは歩み寄りの姿勢がハッキリと見えたわけではなく、加奈の思わせぶりな態度があったからだ。
加奈は、俊治の気持ちが分かっていて、わざと意識しないようなフリをしていた。しかし、加奈に「フリ」などできるはずもない。もちろん、俊治にはそんなことは分かっていなかった。
加奈には、幹江にはない力があった。それは、
――見つめられると、目を逸らすことができない――
と感じるほどの「目力」だった。
そんな「目力」で見つめられた上に、加奈は自分の感情を抑えることもなく、押し付けてくる方だった。
俊治は、いろいろと考える方なのだが、加奈と付き合っていると、考える間を与えられない。押し付けられた感情には、わがままな部分が多大に含まれていて、到底承服できないような内容も結構ある。喧嘩が絶えないのは当然のことで、それでも、目力に操られて、最後には、俊治の方が折れている。
――俺は大人の行動を取っているんだーー
女性の態度に対して男性が折れるという方が、大人の対応だと思っている俊治は、そう言って、自分に言い聞かせていた。
今から思えば、加奈と付き合った期間は一年ほどだった。
もし、加奈に目力がなく、しかもわがままな態度を露骨に出していなければ、ひょっとすると、もっと早く別れていたかも知れないと、俊治は感じていた。
なぜなら、加奈と付き合っている間、俊治は考える暇もなかったからである。
俊治は考え始めると、結構深いところまで考える方だった。
考えが纏まらないことも多かったが、それは考えが、
――堂々巡りを繰り返す――
ことになるからだった。
ある程度まで深く考えてしまうと、そこから先は、考えが前に戻ってしまう。今までに何度同じ経験をしたことだろう。
ただ、本人が考えが深いと思っていることでも、実際には、その間にも何度か考えが元に戻っていることもある。そのことに気付かずにいるのは、
――まだ、考えの底が見えてこない――
と考えているからだ。
実際にあるはずのない、
――考えの底――
という発想は、堂々巡りを繰り返す自分に対して、納得させるための、一種の方便なのかも知れない。だが、底という概念は存在する。行きつく先が見えてくると、考え方を一定の速度に保つことができるからだ。
――底なし沼――
であってしまっては、考える方も最後には疲れてしまい、自分を納得させる結論を生むことはできない。
そもそも、自分を納得させる結論が存在するのかどうか、疑っているのも自分自身ではないだろうか。堂々巡りを繰り返すことで、俊治は、
――自分は、できる限り考えたんだ――
と納得できるまでに気持ちを持っていける。堂々巡りはそのためには、避けて通ることのできないものに違いない。
――堂々巡りを繰り返していると、永遠に結論など生まれるはずもない――
と、考えていた時期があったが、加奈に対してだけは違っていた。
――堂々巡りを繰り返すことで、結論が少し見えてきたような気がする――
と感じたことがあった。
本当に結論が見えてきたのかどうか、今となっては思い出すことなど不可能だが、もし見えてきたのだとすれば、
――その時に意識していた幹江の影響が強かったのではないか――
と、感じるようになっていた。
――幹江のことを意識する暇など、なかったはずなのに――
と、今だから感じるその思い、当時、本当に俊治の中で、同じ時期に二人の女性に好意を持っていたという意識があったのだろうか?
今だから感じることではないかと思う。当時の自分と今の自分とでは、それだけのことを取っても違っているのだから、二十五年という時期は、かなり長かったことになるのだろう。
だが、俊治の中では、
――二十五歳から、自分の時間は止まっている――
と感じている。
その思いに至らせたのは、幹江という女性の存在が大きいのかも知れない。
幹江とは、中学、高校と一緒に過ごしてきた。
俊治が異性を意識した最初は、中学二年生の頃のことだった。
作品名:タイムアップ・リベンジ 作家名:森本晃次