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タイムアップ・リベンジ

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――自分の中で、女性に対してどこか優越感を感じなければ、付き合って行くことができない――
 と思っているに違いない。
 ただ、加奈に関しては、そんな思いを感じさせなかった。感じる暇がなかったというのが本音なのかも知れない。
 大人しくて地味な女の子だったが、俊治の前では感情をあらわにした。よく喧嘩にもなったし、わがままなところもあった。
 わがままというのは、女性であるがゆえ、仕方がないところもあるが、そうもいかないのは、しょっちゅう喧嘩をしていたからなのかも知れない。
 喧嘩の内容は、その時々で違った。些細なことが原因だったことも多く、何が原因で喧嘩になったのか、次の日には忘れていたりしたものだ。それだけに仲直りも早く、
――本当に前の日に喧嘩をした二人なのか?
 と思わせるほど、熱しやすく冷めやすい二人だった。
 しかし、そんな毎日を続けていると、どちらかが疲れてくるというもので、最初に疲れたのは、加奈の方だった。
「あなたの気持ちが分からなくなった」
 その一言が決定的だったようで、気が付けば別れていた。
 その間の記憶が、俊治にはないのである。記憶を封印していたのは、今思い出していた部分で、肝心の別れに向かっていくところが記憶の中にないことで、そのまわりすら記憶から消えていたように感じていたのだろう。
 思い出してくると、ある程度までは雪崩式に思い出すことができるのだが、ある一点から先を思い出すことができないことに、俊治は自分のことでありながら、自分のことが信じられないということがあるのだと、思い知らされた気がした。
 実は、俊治はその時に、もう一人好きな人がいた。加奈と付き合っている間は、その人のことを考える余裕もなかったので、自分の気持ちを分からなかったが、ひょっとして、二十五歳だったその頃も、分かっていたつもりで、意識していなかったのかも知れない。今になってから分かったというよりも、加奈のことを思い出したことで、その時に自分が表に出したくないと思っていた感情として、加奈のことと一緒に記憶の奥に封印していたのかも知れない。
 一時に、二人の人を好きになることを決して悪いことだとは思っていないが、加奈と別れることになった理由の一つに、その人の存在が影響しているのかも知れないと感じた。
――加奈は知らないはずなのに――
 と思っていたが、それだけ俊治が女性の勘というものを甘く見ていた証拠なのではないだろうか。
 加奈はそれほど勘が鋭い女性だったという意識はない。ひょっとすると、本当に俊治のことを好きだったのかも知れないし、好きではなかったにしても、好きになろうという努力をしていたことで、俊治に対して神経が過敏になっていたのかも知れない。
 もし、そうであるとすれば、俊治に罪がなかったと言えるだろうか?
 それは、もう一人の女性を好きになったという意味ではなく、加奈に対して誤解していた部分があったことに対しての罪である。
 俊治が同じ時期に好きだった女性は、名前を山田幹江という。
 幹江とは、中学時代からの同級生で、高校まで同じだった。
 俊治は大学に進み、幹江は短大に進んだが、家が近かったこともあり、高校卒業後も連絡を取り合っていた。
 連絡を入れるのはほとんどが幹江の方からで、俊治の方から連絡を入れることはなかった。元々不精な性格で、大学時代に付き合っていた女性に対しても、相手に、
「あなた、私に同情して付き合ってくれていたんじゃないの?」
 と思わせたことも、不精なところが相手に不信感を抱かせた原因になったのかも知れない。
 相手が誰というわけでなく、付き合い始めるまではこまめに連絡を取ったりしてマメなところがあるのだが、いざ付き合い始めると、急に不精なところが顔を出す。本人としては、
――釣った魚にエサをやらない――
 という性格ではなく、ただ単に不精なだけなのだ。
――誤解されている――
 と自分では思っているが、相手は別に誤解しているわけではない。不精な性格とはいえ、それまでマメだった人間が急に気を遣わなくなってしまえば、釣った魚にエサをやらないと思われて仕方のないことだ。
 お互いにすれ違い、溝が深まるのも当たり前というものだ。相手は不信感を持っているのに、本人は悪いとは思っていないのだ。どこまで行っても交わることのない平行線を描いているのは、誰が見ても明らかだった。
 俊治は、自分で反省しているつもりでも、まわりから見れば、そうでもないことが多かったりする。まわりからも不信感を持たれてくると、孤立してしまうのも仕方のないことだ。俊治の一番悪いところは、人のせいにしてしまうところだった。
 人の助言を素直に受け入れる性格が災いしてか、受け入れても自分の中で咀嚼しようとせずに、そのまま解釈してしまう。融通の利かないところがあることが、俊治の性格を頑なにしてしまっていた。
 一度人からの助言通りにしてうまくいかないと、その人すべてが信用できなくなってしまう。こちらが不信感を持つと、相手にもその気持ちが分かるというもの。そんな感情が渦巻いてしまうと、まず、歩み寄りは見られないだろう。俊治の性格は、一度頑なになってしまうと、まわりが見えなくなってしまう。
――すべてが悪い方に向かってしまう――
 と考えてしまうと、自分の意識の中から、消し去ってしまおうと思う自分がいる。
 加奈のことを忘れてしまっていたのも、加奈と自分の間のことだけではなく、他に誰かが介在していることで、忘れてしまう原因になったのではないかと、俊治は考えていた。
 加奈と喧嘩してしまったことを、幹江に話したことがあった。
「あなたは、女心が分かっていないところがあるからね。でも、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない。私は羨ましいくらいだわ」
 と、幹江は話した。それを聞いて、
「どういうことなんだい?」
 と訊ねると、
「それが分からないから、女心が分かっていないっていうのよ。私はあまり人を好きになったことがないから、男の人と喧嘩したこともない。そういう意味で羨ましいって言ったのよ」
 幹江は、性格的に気が強い方だった。それは女性としての気の強さというよりも、見た目が、
――男っぽさが感じられる――
 という気の強さだった。
 ある意味、そんな女性が好きな男性がいるかも知れないが、少なくとも俊治のまわりには、幹江のような女性を好きになりそうな男性はいないように思えた。
 しかし、俊治は加奈と向き合っている時、急に幹江のことを思い出したりすることがあった。加奈と喧嘩になって、喧嘩している時は頭に血が昇ってしまって、何も考えられなくなるが、少し落ち着いてくると、頭に想い浮かぶのは、幹江のことだった。
――幹江は、俺のことをどう思っているんだろう?
 時々話をする時も、二人とも気心知れた相手としてなのか、溜め口で話す。しかも、俊治は他の人には話せないことでも、幹江には話せてしまうところがありがたかったりしたのだ。
 幹江も、そのことに関してはまんざらでもないように見受けられる。
「俊治と話をしていると、まるで弟ができたような気がするのよ」
「何言っているんだい。同い年じゃないか」