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短編集31(過去作品)

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 彼女は名前を広沢美奈子という。近くの会社に勤めているOLなのだが、ちょうど昼食に使っている会社の近くの喫茶店で会うようになったのがきっかけだった。
 その喫茶店はいつも昼になると満席になる。私は正午少し前に会社を出て店に入るので、まず満席ということはない。美奈子と相席になったのが最初だった。
「あのすみません、ここいいですか?」
 頼んだランチが来るまで、ボンヤリと待っていると声を掛けられ、思わず、
「あ、いいですよ、どうぞ」
 と言って、見上げたそこには、ニコニコと微笑んでいる女性がいた。それが美奈子だったのだが、
――そういえば、女性から微笑みかけられたのって最後はいつだっただろう――
 などと他愛もないことを考えてはほくそえんだようだった。
「あの、何か私の顔についてますか?」
「あ、いえいえ何でもありません」
 微笑ながら視線を下げるのも忘れていたようで、自分の顔を見つめながらほくそえまれたら女性もさぞや気持ち悪かったことだろう。しかし、
「そうなんですか。ここのランチは美味しいですからね」
 と、彼女もまんざらでもないかのように私に話しかけてくれた。実に気さくで話しやすい。しばらく他愛もない話を続けていたが、その中で彼女がここからすぐそばでOLをしていて、いつもここをランチに利用していることがよく分かった。それからしばらくはランチをご一緒する仲になっていた。
「秋田さんと話していると、何でも話せるような気がするわ」
 屈託のない笑顔で言われると、私も嬉しくなった。彼女は自分のことを実によく話してくれる。どんな会社でどんな仕事をしているかであるとか、休日は女性の友達とショッピングに出かける以外は、ほとんどすることがなく過ごしていたりすることなどを話してくれる。私は興味を持って聞いているが、彼女には私の態度も嬉しいらしい。
「秋田さんに話すと、何でも聞いてくれそうなので嬉しいんです」
 それは何度も言っていた。それが、
「秋田さんと話していると、何でも話せるような気がするわ」
 に変わったことは私にとって、進歩したと解釈したのは、間違いではないだろう。
 それがそのうちに、
「秋田さんといると私、素直になれるんです」
 と言ってくれるようになる頃には、仕事が終わって夕食をともにする仲になっていた。初めてランチを一緒にしてから、一ヶ月が経っていた。
 その一ヶ月が短いのか長いのかは分からなかったが、少なくとも私にとってあっという間の出来事だったことには違いない。しかもほとんど美奈子のリードがあったからここまで来れたようなもので、まるで夢のような一ヶ月だった。
 美奈子には女性の友達はもちろん、男性の友達も数人いるようだ。
「ボーイフレンドはいても、恋人になるような男性はなかなか現われないわね」
 苦笑いをしていたが、
「じゃあ、今がその時かな?」
 と思い切って言ってみると、
「意外と突然現われるものだったんだって感じているわ。待っててもなかなか現われるような気配がなかったのに、不思議なものね」
 と、今度は心からの笑顔に見えた。
 その時初めて確信した。私にも彼女ができたということを……。
 私には美奈子のようなおしゃれな言葉の使い方はできない。いつも美奈子の言うことをただ黙って聞いているだけだった。美奈子はそんな私の態度に笑顔で返してくれる。
――私はきっと聞き上手なのだろう――
 と感じるが、それよりも毎日がさらに充実していくことが嬉しかった。昨日より今日、そして今日よりも明日と、日に日に充実していく。年齢的にもそろそろ三十歳。仕事にも恋愛にも一番輝ける年齢なのだろうと感じている。
 私は仕事をしている時はほとんど無表情である。前の会社の時からそうであって、表情を変えることで、他人からいろいろ詮索されることを極端に嫌うタイプだった。
「弱みを見せてはいけない」
 これも大学の時に教わったことだった。
 そういう意味で、私は中山という人が気になるのかも知れない。
 中山という男、実に無口で何を考えているか分からないところがある。だが、別にひねくれているようにも見えず、どちらかというと、与えられた仕事は無難にこなすようである。
 私と一緒に仕事をすればどうだろう? きっと人が近寄りがたい雰囲気を醸し出しているに違いない。
 仕事には「あ、うんの呼吸」というものがある。しかし、私と中山氏の間にはそんなものは存在しえないだろう。お互いに意識しあって、却って仕事が捗らないに違いない。私から話しかけることもしないし、相手から話しかけられることも想像できない。会話もないまま時間が過ぎ、固まった空気を払拭するには、かなりの時間を要するような気がする。
――俺はあんなやつとは違うんだ――
 心の中で言い聞かせ、意識しないように心掛けているが、気にし始めるとどうしようもなくなり、意識するなという方が無理というものである。
「あの人は時々、じっと誰かを見ている時があるんだよ」
 最近、経理部の仕事も手伝うようになってから、若手の連中とよく話すようになった。仕事の話もさることながら、会社を離れても一緒に呑みに行く仲だったりする。そんな中で聞いた話が中山氏についての話だった。
 皆は私が中山氏のことを気にしていることを知らないはずだと思っていたが、果たしてそうだろうか?
「中山さんは几帳面なところがあるんだけど、そのせいか神経質なんだよね。仕事も無難すぎるくらい無難にこなしているので、実に経理に向いていると思うんだけど、あの人を見ていると、自分が経理につくづく向いていないって感じがするんですよ」
 話をしてくれたのは、数人いる若手の中でも中堅クラスの能代だった。彼は私とはきっと同じ性格をしているのではないかと思えるほど、実にタイミングが合う。仕事をしていて自分のペースで休憩を取るのだが、なぜかいつも同じ時間にかち合ってしまう。
「またかよ」
 お互いに苦笑いをするが、決して厭味な笑顔ではない。
「よほど君とはお互いに虫が好いているんだろうな」
 私は彼の行動パターンがよく分かっている。分かっている上で、尊敬できるところは尊敬しているので、きっと彼も私に対して敬意を表してくれているところもあるはずだ。それだけに能代氏の話を聞いていると、納得できるところが多々あるのだ。
 しかし、私も負けてはいない。少しでも意見の違うところを見つけては攻撃してみたくなるのだ。それだけ似た考えを持っていて、違うところがあればどこが違うのか真剣に調べてみたくなる。能代氏とはそんなやつなのだ。
「中山さんが几帳面だというのは、君たちの話を聞いていても、仕事の内容も見ても分かるよ。でも、彼はどうしてあそこまで無表情なのかな? 私にはそこのところがよく分からないんだ」
「ええ? 無表情なんですか? あの人ほどおかしな表情をしている人はいないと思っていましたよ」
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次