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短編集31(過去作品)

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 しかし、今回は違った。初めて隆二が宮本を欺いたのだ。完全な信頼関係で結びついているので、疑われることはないと思うが、その反面、ちょっとした仕草から相手のいつもとの違いに気づかないはずはない。それが怖くもあった。
 ちょっとしたことで顔に出るのが隆二の短所であった。正直なところは長所なのだろうが、これも紙一重である。そんなところを隆二自身は短所だと思っている。
 だが、人が見てどうだろう? 中には長所だと思っている人もいるかも知れない。しかし本人にとっては損なことしかなく、あくまでも短所なのだ。
 Y住宅街に足を運ぶ回数が増えるにしたがって、最初に感じた、
――前にも見たことがある風景だ――
 という思いがつよくなっていった。
 最初は週に一日程度だったのが、いつの間にか週に半分は行っている。まるで家に帰ってきたような錯覚に陥るくらいである。まず営業に入る前に小学校の校庭と下界の風景が一緒に見渡せる丘の上に行って、ゆっくりと眺めているのが日課となった。ここからの光景が一番記憶に残っているからだ。
――今日も変わりない光景だ――
 そう思うことが楽しみになり、遠くに見える海の青さを堪能している。
 以前に見たと思っているこの光景を一緒に誰かと見たように記憶している。女性だったのは間違いないのだが、それが京子ではないのは確かだ。京子と付き合っていたのは大学時代。まだ二人とも車はおろか免許も持っていなかった頃のことだ。だが、隆二が記憶している一緒に見た人とは車の中でだった。しかも自分がいたのは助手席、相手が運転していたのである。
――年上だったんだ――
 次第に記憶を思い出していく。黒い服の似合う女性で、ストレートな髪が印象的な清楚な女性だったようだ。だが、覚えているのは髪に隠れた横顔、高かった鼻だけが髪の毛から見えていた記憶である。
 いや、それだけの記憶ではない。真っ赤な唇が印象的だった。顔は少し小さめで、目を思い出すことができないのは、きっと瞑った目を覚えているからだろう。そう、口付けをするシーンである。
 レモンの香りが口付けにはあるというが、まさしくそんな感じだった。初めてのキスだったのだろうか? そうだとすれば中学時代くらいかも知れない。女性に興味を持ち始めるのが遅かった隆二が女性を気にし始めたのは中学卒業くらいからであった。
 それまで抑えていた感情が爆発したのかも知れない。年下には興味がなく、年上の落ち着いた女性ばかりが気になっていた。京子も同い年ではあったが、同い年とは思えないしっかりした落ち着きがあったのだ。そんなところに惹かれたに違いない。
 京子にとっての隆二は母性本能をくすぐるタイプだったようだ。一度そんなことを言われたように思う。初めて身体を重ね彼女のすべてを知った時、一瞬だが物足りなさを感じた。その時に征服感とともに、彼女が隆二に対し母性本能をくすぐるタイプとして見ていることがハッキリと分かったような気がするのだ。隆二はそれでもよかった。きっかけはどうあれ、征服感に満ち溢れているのだから……。
 そんな京子に惹かれたのも、元を正せば車の中の記憶に由来しているのかも知れない。
 今から思えば京子の一番の魅力は、たまに見せる笑顔だった。冷静で大人の色香を漂わせていた京子は表情をあまり変える方ではなかった。どちらかというと陰のある雰囲気が魅力だったのだが、時折くだらない話に対し、無邪気な笑顔を見せることがあった。その顔を見たくて何度かくだらない話をしてみたことがあったが、なかなか無邪気な笑顔を見せようとはしない。少々意地になってくだらない話を仕掛けたものだ。
「あなたは優しいところがあるのね。そこがあなたの魅力よ」
 と言ってくれていたのが嬉しかった。だが、それが別れになると、そこに何かがついたらしい。いまだにその時の京子の気持ちが分からないが、別れてからも彼女の記憶の中に自分がいるのだと思えて仕方がない。きっと彼女の夢の中にも自分が出てくることだろう。
 だが、今から考えれば京子との思い出の記憶よりも、車の中から見た風景の方が最近のことのように思えてならない。Y住宅街に立ち寄るようになってから感じることだが、記憶のどこかに大きな穴があって、すべての記憶がどこかで寸断されているように思える。
 そんなことを感じていると、ある一軒のお宅を訪問した時に、その場に立ち竦んでしまう自分がいるのに気づいた。初めて訪問した家なのに、出てきた女性を見ると記憶があるように思える。京子でもない、車の中の女性でもない。ただ、全身の力が一気に抜けていくようで、その場に立ち竦むしかないのだ。
「あら、セールスマンの方ですのね。ご苦労様です。お茶でもいかがですか?」
 笑顔が印象的な女性で、清楚なのだが、無邪気な笑顔はまだ世間知らずのお嬢さんを思わせた。だが年齢的には隆二よりもかなり上ではないだろうか。そのギャップが隆二の身体にかなしばりを与えた。過去に感じた
――血が逆流するような思い――
 を思い出している。淫靡な香りが漂っているようで、身を任せることが一番の快感であることを分かっている。
 言葉にならないで立ちすくんでいると、彼女が目で合図する。
――逆らってはいけない――
 と思いつつ、靴を脱いでいる自分に気づいていた。あくまでも無意識に、そして自然な行動なのだ。
 家に上がりこむことはしてはいけないことだと分かっている。初めての訪問であればもちろんのこと、押し売りのようなマネは自分のプライドも許さない。信頼関係が心情のセールス活動、分かりきっていることである。
 だが、その日は素直だった。本能のままの行動であった。
 常々隆二は本能のままに生きれたらいいと感じていた。昔から厳格な父への反動で生きてきたように思っているからで、人に気を遣ったりすることを極端に嫌った。自然に出てくるのであればそれが本当の自分の気持ちであり、それがないのであれば相手にも察しがつくはずだ。
 好きになる女性に対しては本能のままに行動したい。本能のままに行動したいと思ってみても、きっと気を遣うことだろう。それがいわゆる遠慮というものではないだろうか。お互いに遠慮をしていれば本音を語り合うこともない。
 よく喫茶店などで見かけるおばさんたちの井戸端会議、特にレジでお金を支払う時の光景など、見られたものではないことが多い。
「ここは私が」
「いえいえ、何をおっしゃいます。私が……」
 自分たちの世界に入り込んでまわりが見えていないのは明白だ。後ろで誰かが待っていても、それを気にすることなく自分たちの世界でだけ気を遣っている。見ている側がイライラしてくるくらいで、これほど気分の悪いものはない。
 行動に腹が立つわけではない。
――私はこれだけ気を遣っているんだ――
 と言わんばかりの態度に苛立ちを覚えるのだ。女性を見る時にまず、そんなことのない女性かどうか見抜くことが一番大切だと思うようになっていた。
 同じことを何度も繰り返していると、
「お前は成長がないな」
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次