短編集31(過去作品)
ということになり、一番思われてはいけないことではないだろうか。だが、最近の隆二はそんな感覚が麻痺してきた。袋小路に入ってしまうことを嫌っていたはずなのに、いつ頃からだろうか、袋小路に入ることを密かに待ちわびるようになっていた。
「あなたって優しそうだわ」
妖艶な笑みを浮かべるが、不思議と気持ち悪さは感じない。ドキドキ感はあるのだが、それが女性の色香に魅了されているだけだとは思えない。どこか懐かしさを感じ、それでいて、ごく最近にも感じたように思える。感じたのは本当に自分なのだろうか?
透き通るような白い肌、思わず喉の奥が鳴った。カッと見開いた目が彼女の光った肌を捉えている。思わず抱きしめた。虚ろになってくる感覚とは裏腹に腕の力が強くなる。意識を保っていたいという気持ちの表れだろうか。
――不倫――
この忌まわしい言葉を意識したことはあまりなかった。だが、意識してしまうと、自分がその渦中にいることに何ら違和感がない。まるで当然であるような気持ちになり、いつこの状況から抜け出そうかと考えながら結局またしても袋小路に入りこんでいる。袋小路というと早く抜け出したいと思うのが当然なのだろうが、
――このままいつまでも――
と思ってしまう自分がいるのに気づく。
――もう一人の自分――
それは夢を客観的に見ている自分である。たまに思うのは、もう一つ違う次元の世界が存在していて、時々お互いに夢の中で行き来しているのではないかということだ。それぞれが夢だと思ってみていることが、実は異次元の自分だったりするのではないかと……。
その共通点は潜在意識である。
――本能の赴くまま――
それがキーワードではないだろうか。
もう一つの世界で見たことを時々思い出す。そしてさらに恐ろしいことを考える自分がいる。これは考えというより胸騒ぎのようなもので、時々、それぞれの世界を本当に行き来しているのではないかと思うことだ。
不倫に対して違和感のない自分。これはどちらの世界の自分なのだろう? 異次元の世界の自分がこの世で見るものか、実際の自分が異次元の世界で見ているものなのか、本当のところは分からない。
――長所と短所――
京子の言葉を思い出す。京子は隆二にとって何だったのだろう?
人が見ている自分の長所と短所、それが自覚しているものと同じだと一概には言えないかも知れない。Y住宅街、ここには来るべくして来たに違いない。
一度目を閉じて、一気に目を開ける。するとそこに広がった世界……。
遠くまで見えた。山のてっぺんが同じ高さに見えるくらいの高さで、じっと見ていれば高さに対しての感覚が麻痺してくるのが分かり、目の前に迫ってくるものがすべて近くに見えてくるくらいである。
しかし、すべて小さく感じる。山のてっぺんにしても、下界の風景にしても、歩いている人などまるでアリが歩いているようにゆっくりである。
気がつけば、そんな世界に身を委ねるように、身体が宙に浮いていくのだった……。
( 完 )
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次