短編集31(過去作品)
グループに属することでまわりが余計に自分より優れて見えることを恐れたのだ。本当は属していればそこで切磋琢磨することで、自分というものを再発見できたものを、そこまで思い切れなかったのも、やはり父親の威厳がトラウマとなって残っているからであろう。
大学に入り、一気に膨らんだ開放感。それまで感じたことのなかった充実感と一緒に味わうことができたことは本当に最高だった。それが五月病で反動として出たと言えるかも知れない。
五月病が抜けて、急にハイテンションになってからは、思っていたよりすべてのことがスムーズだった。合コンに誘われることも多くなり、女性と知り合う機会が急増した。数人の女性と知り合うことができたが、決して浮気な気持ちではない。彼女と呼べるところまでの関係になるまでには時間が掛かることを分かっているからだ。
――こんなにうまい具合にことが運んでいいものか?
自分で怖くなる。
――好事魔多し――
というが、まさしくその言葉が頭をよぎった。
そんな中、一人の女性と男と女の関係になった。数人のガールフレンドの中で一番気に入っていた女性で、
――彼女にするならこの人だ――
と考えていた人だ。念願叶ってというところだったので、後悔などあるはずはない。今でもその時のことは頭に鮮明に残っていて、思い出すこともある。
いつも一緒というわけではなかったが、それでもよかった。彼女もずっと一緒にいることを望んでいたわけではないので、お互い様である。
名前を京子と言った。少し古風な名前なので本人はあまり気に入っていなかったようだが、隆二から見ればいかにも古風なところがあるので、お似合いの名前だと思えた。そこが気に入った理由なのだが、そんな気持ちを京子には言えなかった。
しっかりしたところのある女性だ。
「お前は少し頼りないところがあるから、しっかりした女性がそばにいればいいんだよ」
と友達に言われていた言葉を真に受けていたこともあって、自分でもお似合いだと思っている。
隆二は人の言うことをすぐに信じる方である。長所でもあり短所でもあるところだが、どちらかというと損をした記憶の方が鮮明に残っている。子供の頃の他愛もない言葉ほどえげつないものはなく、下手に真に受けてしまうとしっぺ返しを食らうことがある。そんな経験は隆二だけではあるまい。
京子にとって隆二はどんな男性だったのだろう。
「あなたは優しいところがある人、でもね」
「でも?」
「そのうちに自分で分かってくるわ」
聞きたくてたまらなかったが、それ以上は聞かなかった。聞くのが怖いというのが本音で、今から考えても聞かなくてよかったと思う。きっとウスウスは自分でも気づいていたからで、もしその時に聞いていれば楽しい思い出は残らなかったように思う。
別れは突然だったが、付き合っている間は長かったのか短かったのか分からない。そう感じる時ほど中身が濃かったに違いない。
別れの時に言われた言葉はいくつかあったが、
「あなたは短所を長所に変えることができない性格みたいね」
という言葉だけが鮮明に頭の中に残っている。
「どういうことだい?」
「短所と長所は紙一重なのよ。長所が短所にもなれば短所が長所にもなる。私はあなたのいいところをいっぱい知っているつもり。私が知っているあなたの長所をあなたは自覚しているのかしらね」
言っている意味がすぐには分からなかった。確かに長所と短所が紙一重であることは話も聞いたことがあったし、自分でも自覚したことがあった。人を見ていれば分かることもあったが、こと自分のこととなれば分からないものである。
京子がしっかりした考えを持った女性だと再認識をしたのは、その指摘を受けた時だった。
――別れる時になって気づくなんて――
失うものの大きさを知った時、初めて後悔した。
――反省はするが後悔はしたくない――
自分に言い聞かせていたはずなのに……。
失うものは彼女だけではないのかも知れない。自分の中にある何かを失ったのか、それとも気づいていたはずのものがあることに気づいたことが、失うことよりもショックが大きいのか。どちらにしても辛いものだ。
その一つが人を信じ込んでしまうことである。
またしても親の顔が目に浮かぶ。厳格な父に絶対服従の立場であった母の姿を情けないと思いながらも見ていたが、自分も同じように父親に逆らえない子供だった。しかも父に逆らえない情けない人だと思っている母親にも逆らえないのだ。
そんな自分を否定しようとする。どこかで虚勢を張ることが自分の存在をまわりに示したいと思うことなのだが、なかなかうまくいかない。中学時代など暗い生徒のレッテルを貼られていることに屈辱を感じながら、目立っている連中に染まりたくないという思いも強かった。
隆二は集団で行動することを嫌った。それを自分では長所だと思っていたが、損をすることも多かった。情報が流れてこず、自分だけが蚊帳の外、自分で望んだことであるにもかかわらず、
――どうして僕だけ――
と矛盾した考えが頭をよぎる。だが次の瞬間、
――人に染まることなんてないんだ――
と思うことで、その場は解決する。それをただ妥協という言葉だけで片付けられるものだとは思わない。それこそが個性の原点のように思えるからだ。
そんなところを京子も分かってくれていたと思う。何しろ、何も言わなくとも心が通じ合える人だと思っていたし、実際に考えていることを無言で先にしてくれたりするところは、痒い所に手が届く女性で、実にありがたい存在でもあった。
そんな思いを敏感に察知したのではないかと思うのは今から考えるからであって、その時は分からなかった。ただ甘えているだけだったに違いない。
人を信じ込む性格が災いし始めたのはそれからだった。それまでは長所だと思っていたが、一旦短所だと思ってしまうと悪い方への思いが加速していったようだ。それは社会人になって顕著に現れ、あらゆる判断の妨げになってしまったといっても過言ではない。
判断に困った時に助言を求めたりすると、それぞれの人の意見が違っていたりする。それは当然のことだろう。立場も違えば考え方も違う。自分が判断しかねることを相談しているのに、考え方が違えば混乱することは分かっていても、どうしても聞いてしまう。それも隆二の性格だった。
人を信じ込むのは自分に自信が持てないことがその要因の一つである。一人で考え込んでいるとまとまらない考えを複数の人から聞いてみたくなるのも自然の考えではないだろうか。
だが、それが却って混乱を招くことになる。分かっているつもりなのだが、聞かないと気がすまない。そして聞いてしまうと、相手が自分の意見を諭すように話すことをそのまま鵜呑みにしてしまうのである。
いろいろな意見を整理できるほど、頭の中が充実していない。戸惑っていると時間だけがいたずらに過ぎていき、回答期限に結局間に合わない。それどころか、混乱してしまった頭をどうすることもできなくなってしまう。そんなことの繰り返しではストレスが溜まる一方だ。
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次