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短編集31(過去作品)

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 狭いなら狭いなりに、綺麗に整頓していれば立派に見えるものだ。女姉妹のいない私は、初めて女性の部屋というものを見た。ほんのりと香ってくる甘い匂い、眠気が襲ってきそうに感じた。
 最初に感じた彼女からの香水の香りを、ここでも楽しんでいる。そんな気持ちになれるひと時が嬉しかった。目を瞑って香りだけを感じていたい気持ちでもあり、ゆっくりと味わっていた。
「狭いけど、そのあたりに腰掛けてくださいな」
 あまりまわりを気にしていないようでも目に入ってくる光景は、すべてが初めてのものばかり、見るなという方が無理というものである。
 立っている時は狭いと感じた部屋も、腰を下ろすと、まんざらでもない気がした。ちょうど、あかりの真下あたりに、あぐらをかくようにして座ると、まわりのものがすべて眩しく見える。さすがに中心に近いところに座るからだろうか、まわりが広く感じられて仕方がない。
 もう一部屋あるようで、そちらが寝室になっていうのだろう。六畳ほどのリビングでも、見方によっては八畳くらいに感じることができることを初めて知った。
「嫌いなものはないですか?」
「乳製品が苦手なんですよ。すみません。難しい注文でしょう?」
 申し訳なさそうに私がいうと、彼女は、
「私もなんですよ。あの匂いがどうも苦手なのよ」
「そうなんですか、私もなんですよ。あの匂いがしただけで、逃げ出したくなるくらいです」
 苦笑いを見せる彼女に、私も苦笑いで返した。
「じゃあ、肉じゃがでも作りましょう。私、好きなんですよ」
「ああ、いいですね。いかにもお袋の味って感じで僕も好きです」
 やはり彼女は家庭的な一面を持っている。きっとこんな人と結婚すれば、安らげる空間を一番大切にしてくれて、居心地は最高なのだろうと感じていた。
 やはり彼女に男の性は感じない。エプロンをつけて、キッチンに立つ後姿、じっと見ていて飽きるものではない。今までに感じたこともない新婚家庭という夢、それを見ているに違いないのだが、襲ってくる眠気のために、半分意識が薄らいでくるのを、もったいなく感じていた。
――そういえば、いつも彼女は私を見つめていたのだろうか――
「いつもここにいるのね」という言葉がそれを物語っている。しかし、彼女の気配を感じたことはなかったように思う。
 ただ、いつもベンチに座っていて睡魔に襲われることがあった。疲れているからだと思っていたが、彼女の部屋の中で感じる眠気に似ているように感じる。公園のベンチで西日を浴びながら座っているのも心地よいものである。暑さ寒さなどの感覚が麻痺してしまって、ただ流れる風だけを感じている瞬間があるのだ。そんな時間を楽しみたくて座っているベンチ、どこかからか、彼女が私に視線を送っていたのだろう。
「ほんのりと心地よい気分がしてきました。まるで夢の中にいるみたいです」
 思い切って話してみた。本当に心地よい状態でなければ、きっと口から出てくる言葉ではなかっただろう。実に素直に、そして正直に口から出てきた言葉だった。
「そこにクッションがあるから、そこで横になっていてもいいわよ。そこのソファーはソファーベッドにもなっているの」
 なるほど、横になっても十分にベッドの替りになる。クッションを枕にして、お言葉に甘えることにした。これも、いつもの私であれば、とてもできることではない。心地よさがさせるのだろう。
 横になって、仰向けに天井を見ると、さらに部屋の広さを感じた。天井まで最初はとてつも遠く感じたが、急に落ちてきたように近くに感じて、ビックリしてしまった。天井の模様が遠近感を狂わせるのか、気がつけば、身体が宙に浮いているように感じられてくるのだ。
 料理を食べている時の彼女には、あどけなさがあった。
 子供のようにはしゃいでいて、最初に見かけた時の雰囲気とは少し違っていた。しかし、新たな魅力を感じると同時に、懐かしさも感じていた。それは美香と似た雰囲気を感じたからである。
――美香――
 思わず心の中で叫んでいた。
 そう感じると夢のようなひと時は、この瞬間だけのような気がして仕方がない。彼女と会うのは今日だけ、もうここに来ることがないように思えてくると、焦りのようなものを感じた。
 香水の香りがそうさせるのか、気がつけば私は彼女を抱きしめていた。
 口からなかなか言葉が出てこなかった緊張感とは裏腹に、これほどの力が出るものかと思えるほどの力だったに違いない。
「痛い」
 遠くの方で彼女の声が聞こえたような気がした。さすがにひるんで力を緩める。その途端に襲ってきた罪悪感、一気に下がってくる溜飲を感じた。
「ごめんなさい」
 私は一言謝るのが精一杯だった。
「いいのよ。分かるわ、あなたの気持ち」
 平静でいられないだろう私の心は、その時どこにあったのだろう? 意識はすでにどこかに飛んでしまったように思えて、彼女の声を遠くで聞いていた。半分くらい食べていた食事に目を落としながら、どうしていいか分からないでいた。
 彼女はそんな私の腕を掴み、自分の胸元へと持っていく。思わず手を引っ込めようとしたが、もちろん本心からではない。条件反射のようなもので、手が彼女の胸のふくらみに触れると、思わず胸を揉んでいた。
「どうして?」
「こうしてほしいから……」
 感じることのなかった彼女の妖艶さを、ここまでくれば感じることができるだろうと思ったが、それでも、妖艶さが滲み出てこない。実に不思議な感覚だ。
 私の手に、力が入っていく。
「気持ちいいわ」
 そういいながら、彼女の手は私の股間をまさぐる。腰が浮いてきそうな妙な気分に襲われながら、本当に私の手には力が入っていたのかすら、分かっていなかった。
「僕もです」
 彼女のなすがままだった。
 まったくといって経験のない私にとって、本能以外の何ものでもない行動に、身を任せてみたい。彼女がそれを望むなら、いけるところまで行きたかった。
 不思議と恥ずかしさはない。
 彼女の服を一枚一枚脱がせていく自分の手は確かに震えていた。昂ぶっている気持ちに初めての期待感、
――こんなものなのかな――
 何度も想像していた初体験というものが迫っていることは分かっていた。しかし、時が進むに連れて自分が考えていたものと、少しずつ離れていくような気がして仕方がない。まあ、もっともそこまでくれば、今まで考えていた初体験というものがどんなものだったか、自分でも分からなくなっていたようだ。
 中途半端に身につけているものが、快感で敏感になっているからだに心地よく感じられた。すべてを脱ぎ去るわけではなく、半分身につけていることが快感に結びついていた。
 彼女も同じに違いない。
 私は焦ることをしなかった。身を任せる中で一番意識していたのは、
――焦ってはいけない――
 ということだった。
 思春期で、しかも初めての私である。焦ればせっかくの演出を身体が待ちきれなくなるに決まっている。昂ぶっくる気持ちを適度に分散させなければならないことも、本能で分かっていたのかも知れない。
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次