短編集31(過去作品)
だが、彼女を作ることと、男としての欲求を満足させることは、最初から違うと考えていた。それほどクールだったのか、冷めていたのか分からないが、彼女を作ることが、即エッチに繋がるわけではない。
「緒方さんは、他の人と違ってクールなところがあるわね」
といってくれた同級生の女の子がいた。別に特別に可愛いわけでもなく、もてるというわけでもない。しかし、そんな彼女を意識し始めたことが、私の初恋だった。
今でも私の理想は、その初恋の女性である。
ツバメは生まれてから最初に見たものを親と信じるらしいが、そこまでひどくなくとも、男にはツバメのようなところがある。瞼の裏に残った残像が、それだけ激しいものだったのだ。
私は意識して、母と雰囲気の違う女性を求めていたのかも知れない。美香といったその女の子は、母とはあまり共通点のない娘だった。女性というよりも、いかにも女の子という感じで、
――守ってあげたい――
という思いを抱かせる。いつも私のそばにいて寄り添っていたいといっていた。そんな美香が私にはいとおしかった。
しかし、元々が飽きっぽいのか、初恋は思わぬ形で終焉することになった。次第に私の方が億劫になってきたのだ。
ベッタリが嫌なわけではない。いつも一緒にいたいという気持ちが薄れていったわけでもない。しかし、自分ひとりの時間をもっと大切にしたいという気持ちが大きくなってきたのも事実で、気持ちの遠ざかりへと繋がったのだろう。
「やっぱりあなたはクールなのね」
私の気持ちを察してか、美香はそういって、私から離れていった。
離れられると、今度は寂しくなってくる。あれほど欲していたはずの一人の時間が虚しく感じられてくる。
――僕はなんてことをしてしまったのだろう――
後から後から後悔が押し寄せてくる。いくら後悔してもムダなのに、それこそ地団駄を踏む思いをしてしまった。
これが男というものだろうか?
真剣に悩んだりした。もし、また女性を好きになっても、好きなまま、いられるかどうか、自分に自信がない。最初に感じた気持ちから、時が経つにつれて気持ちが変わっていったということは、本当に美香を好きだったかと言われれば、考え込んでしまう。
しかし、失ってから美香のことを感じる方が、知り合ってすぐよりも、一番重いように感じるのも事実で、それが好きだった証拠だと言えなくもない。少なくとも、今後こんな後悔はしたくない。しばらくは、彼女が欲しいと思えなかったくらいだ。
その思いが一層自分を卑下してしまう。顔だけでなく、自分の性格までもが嫌いだったのである。中学、高校時代は、自分への思いは最悪だったのだ。
それでも、さすがに高校に上がると、彼女がいないことを寂しく感じる方が強くなっていた。なかなか取り戻すことのできない自信とは裏腹に、どうしようもない寂しさを払拭できずに、泥沼に嵌まっている自分を考えるのが辛かった。
そんな時の自分を、まるで第三者的な目で見ている。そうでもしないと辛いからだ。第三者として見ているからといっても、自分は自分である。なかなか他人の目として見ることは不可能で、どうしても、贔屓目で見てしまう。
思春期という多感な時期を、そんな思いで過ごしていたが、あれは高校卒業前くらいだっただろうか、年上の女性と出会うきっかけがあった。
友達と過ごすことがあまりなく、本当に一人でいることが多かった私は、下校中など、途中の公園のベンチで一人ボンヤリしていることが多かった。少し広い公園だったので、網の張られた中では小学生が野球やサッカーなどして遊んでいる。それをベンチに座って漠然と見ていたのだ。
西日の当たる公園のベンチで、行き交うボールを漠然と見ている自分を、私自身思い浮かべながら座っていたのだ。毎日とまでは行かないまでも、クラブ活動などをしていない私は、ほとんど決まった時間にそこにいたことだろう。彼女はそんな私をずっと見ていたようだ。
「こんにちは。いつもここにいるのね」
そういいながら、ベンチの隣に座った女性の、ストレートに少し茶色掛かった髪の毛が風に靡いているのが、最初に目に入ってきた。細身の身体がしなやかに見え、ミニスカートから見える長い脚に色っぽさを感じた。
――大人の女性――
まさしくそんな感じで、少なくとも私のまわりにはいないタイプの女性である。
仄かに香ってくる甘美な香水の香りを、気がつけば楽しんでいて、
「こんにちは」
という、たったそれだけの返事を返すまでに、少し時間が掛かった。
いや、本当に時間が掛かったのだろうか? 時間の間隔が麻痺していたので、時間が掛かったように感じているだけなのかも知れない。そんな私の返事に、彼女は微笑んで見つめていた。
「面白い? ここにいて」
「面白いというわけではないですけど、ここが一番落ち着くと思ってます」
隣に女性がいて、かなり緊張していたはずだ。しかし返事は自分でもビックリするくらいにクールなところがあり、自然だった。
「あなたは、ここに落ち着きを求めてやってくるのね。私と一緒だわ」
「あなたもですか? ここにいて落ち着きますか?」
「ええ、そして私は落ち着きだけを求めてここに来るんじゃないの。きっと同じような思いの人を探し求めているからなのね」
私が彼女と同じような思いの人間だとは、なぜか思えなかった。しかし、ここにいて落ち着くという同じ感覚を持っていることが嬉しかった。見ていてとても落ち着いた大人の雰囲気に、私は自分を見失いそうになるのを、必死に堪えていたようにも思う。
――これがオンナを感じるということなのだろうか――
高校生ともなると、電車の中や人の集まるようなところで見かける女性を、特別な目で見ているものだ。性の対象として見ている自分に気付いて、何度「ハッ」としたことだろうか?
彼女には口では言い表せないような魅力があった。しかし、妖艶な雰囲気ではなく、女として見ていながら、性の対象としては見ていないように思えて、
――今までに感じたことがない――
そんな思いだった。
したがって、
「ねぇ、うちに遊びに来ない? 夕食をご一緒しませんか?」
と誘われた時も、素直に、
「よろしいのですか? ではお言葉に甘えて」
と断ることをしなかった自分に驚いていた。
彼女はマンションに一人暮らし、マンションといっても、高級な感じではなく、アパートよりも綺麗だという程度で、それだけに親近感もあったし、部屋に入ることに後悔など一切なかった。
初めて来るはずの彼女の部屋、しかし初めてではないような錯覚に陥ってしまう。
実は今でも初めて入った部屋であっても、
――以前に来たことがある――
と感じることがある。それを感じるようになったのは、この時が最初だったように思うのだった。
「私、今年短大を卒業するの。田舎に帰るか、こっちで就職するか、今悩んでいるところなの」
といいながら、私には気持ちが決まっているように思えて仕方がなかった。
――きっと田舎に帰るんだろうな――
都会の中での一人暮らしをする彼女の姿が見えてこない。短大生としては見えるのだが、OLという雰囲気には見えないのだ。
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次