短編集31(過去作品)
友達に言われると、本当にそんな気分になってくるから不思議だった。それなりに説得力を感じたのは。私の質問に対し、間髪入れずに、期待したような答えが的確に返ってきたからだ。言葉に信憑性も感じる。
そんな機会もすぐに訪れた。それが、この間の初めてまいを相手にした時だったのだ。
――私ってそんなに寂しい人間だったのだろうか――
思わず考え込んでしまった。今までに女性と付き合ったことがないわけでも、童貞というわけでもない。だが、付き合ったことのある彼女たちに感じたことのない思いをまいや明日香に感じたのも事実だ。
彼女たちから比べれば、今までに付き合ったことのある女性はまるで子供のように見えた。それが悪いというわけではない。私も子供だったのだから、それも仕方がないことだと思っている。今の私が大人だとは断言できないだろうが、少なくとも大人の世界の一片を垣間見たような気がする。
まいも、明日香も二人とも大人に見えるからだろうか? それとも自分が大人の仲間入りをしたように感じるからだろうか?
――まいと、明日香、二人がまったく違う性格の女性に見えて仕方がない――
と感じた。しかし、それでも突き詰めれば、私にとって二人は私にとって大人の女性であり、見えている態度や雰囲気の奥を感じることができるような気がするのだ。
――忘れていた何かを思い出させてくれるような気がする――
そんな風に感じるのだ。
特にまいとは、何度も恋人気分を感じている。明日香とも何度か相手をしてもらえばそんな気持ちになるのだろうか? その時は分からなかった。
私の中で何かが少しずつ変化していっているように感じるのは気のせいではないかも知れない。それが分かるのはここにいる時よりも、むしろ実生活に戻った時のような気がする。会社やプライベートになった時、きっと今まで見えなかった何かが見えてくるような気がするのだ。
それが何なのか、その時の私に分からなかった。分かるはずがないと感じていたからかも知れない。その日は明日香と一緒にいることで、少し自分の中の何かを垣間見たような感じがしていた。
店を出てからしばらく明日香のことを考えていた。まいのことを忘れていたわけではないし、思い出そうともしていた。しかしなぜか頭にまいの顔が浮かんでこないのだ。
――やはり浮気っぽいのかな――
とも感じたが、元々不器用な性格で、人の顔を覚えるのも苦手である。今ここでまいの顔を思い出そうとすれば、せっかく記憶にある明日香の顔を忘れてしまいそうで、それが無意識に嫌だったのかも知れない。自分でも不思議だった。
店を出ると、もう桜が散る季節になっているにもかかわらず、表は冷たかった。風が骨身に沁みるとはよく言ったもので、本当に、肌を通り抜けるかのようだった。
私は比較的痩せていて、背も高い方だ。
「お前は普通にしていればもてそうなんだけどな」
と、よく同僚から言われるが、そんな意識はない。きっと自分の顔が好きになれないからだろう。
嫌いなところを言えといわれればいくらでも言えるが、好きなところとなると、探すのに一苦労である。確かに見た目、背が高く痩せていれば、それだけでもてる要素なのかも知れない。しかし私の場合はそうでもない。背が高いだけで、もてるのであれば、苦労はないというものである。
小学生の頃は、よく女の子と間違えられていたものだ。髪もおかっぱにしていて、目がクリッとしていたからだろう。二重瞼のようで、そんな自分がどうしても好きになれなかった。
「緒方は女みたいなやつだ。あやとりでもしてりゃいいんだ」
と、皆がしていた野球などの遊びに加えてもらえなかった。
特に私は母親といつも一緒にいることが多く、マザコンに見られていた。自分ではそんなつもりはなく、反発したい気持ちではあったが、どうしても逆らえない自分がいる。気の強い母親に怒られたくないという思いと、悲しませたくないという思いが交差していたのだ。
母は、他のこととなるとあまり興奮するたちではないが、こと私のこととなると人が変わったように興奮する。顔を真っ赤にして般若の形相に変わることもしばしばで、怒りながら涙を流したり、本当に情けなさそうな顔をしては、ひとり悦に入ってしまっていたりした。
私のことで興奮しすぎて体調を崩したこともあるくらいで、普段怖い母の「鬼の霍乱」は、私にとって逆らうことのできないトラウマとしてずっと残っていたのだ。
――母を悲しませてはいけない――
この思いが私をマザコンのように見せ、余計に女の子のような雰囲気を醸し出しているようだ。
中学生になるまで、私は女性に興味がなかった。身体の発育も他の友達に比べて遅かったようで、小学生で見られる身体の変化が中学に入るまで見れなかった。さすがの私も気になってしまって、不安な日々を過ごしていた。それが余計に男性ホルモンを抑制していたのかも知れない。
声変わりも遅かった。中学に入ってもまだ、女の子のような声をしていた私は、まわりから気持ち悪がられていただろう。まわりの皆はニキビ面が増えてきたにもかかわらず、元々の肌の白さも手伝って、自分でも本当に男なのかと思うことすらあった。
さすがに中学二年生あたりから身体の変化も声変わりも起こり始め、次第に男らしくなってはきていた。顔にはニキビもできてきて、鏡を見ては気持ち悪いと思いながらも、
――やっぱり僕は男なんだ――
と思うようになってきた。
しかしさすがに、思春期のトラウマがそのまま大きくなっても抜けなかった。顔にはニキビができてきたが、肌は相変わらず白く、首の長さや、指の長さを気持ち悪く感じていた。
私は顔の輪郭で嫌いなところがある。それはエラが張っているところだ。女の子のように見えるくせに顔の輪郭にエラが張っている。きっと本当の女性なら、間違いなく好きになれるはずのない顔であった。
――男性でよかったんだろうか?
時々思うことがある。女性だったら、きっと悲惨な思いをしていることだろう。今の自分よりも、もっと容姿のことを気にしていて、まわりの目を露骨に感じていたに違いない。
母のことを気にしなくなったのは、やはり思春期になって、まわりの女性が気になり始めたからだ。友達がよく女性を連れて歩いている。実に楽しそうな友達の顔、仲間といる時に見せたこともない表情に、
――彼女ってこれほど楽しい顔ができるものなんだ――
最初に女性を意識したのは、そう感じた時だった。
「彼女ができるっていいぞ。人生が変わるからな」
実に楽しそうだ。
もうその頃になると、週刊誌などでもエッチな種類のものを意識して読むようになっていた。さすがに一人で買うことには抵抗あったが、学校に持ってくる友達がいたりして、横から読んでいるのを垣間見たりしていた。
却って盗み見るようなスリルがある方が、興奮したりするものである。私の好奇心は留まるところを知らず、ハッキリ見えないだけに、想像は果てしなく広がってしまう。
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次