生まれ変わりの真実
迫丸は、これが夢であることを分かっているのだろうか? 元々自分の夢の中では自分が主人公、迫丸は「共演者」でしかないとすれば、迫丸の感情は関係ない。美由紀自身が、――夢だから、ちょうどいいところで目が覚めるに決まっているわ――
と思ったとすれば、望みは叶わないだろう。だが、
――彼は私の夢に入り込んでくれているんだわ――
と思えば、迫丸次第である。
だが、それでも最後は、夢の主導権を握っているのは自分。どこまで夢を見ることができるかは、美由紀に掛かっているに違いないのだ。
美由紀の足の付け根を這っていた指は、実際に敏感な部分を捉えていた。布地を通しても、快感は十分に伝わり、それが恥かしさを呼んで、さらに身体の痺れを誘発するのだった。
生まれたままの姿にされるまで、さほど時間はかからなかった。夢だという意識があるからなのだろうが、夢だと思えば思うほど、リアルに感じるのはなぜだろう?
――本当に夢なのか?
どこかで味わった感覚をデジャブと呼ぶが、リアルとデジャブは背中合わせの関係なのかも知れない。
迫丸は、いつの間にか生まれたままの姿になっていた。胸元から汗が滲んでいる。
――この人も緊張しているのかしら?
自分のことよりも、相手を気にする余裕が出てきた。それは、快感によってもたらされたものなのか、それとも、彼から滲み出るオーラによるものなのか、分からない。今は、――夢から覚めないで――
という思いが、最優先で、快楽は二の次だった。
――こんな気分になるなんて――
快楽に目覚めたのなら、快楽だけで身体が十分満たされるはずなのに、それ以上のことが頭にあるなど、今まででは考えられないことだった。一気に昇りつめてしまった快楽は、自分に余裕を与えるだけのものだったに違いない。やはりデジャブだった。
迫丸の身体に力が入る。一気に貫こうというのだろうか?
苦痛だけしか残らないはずだった。前戯も何もなく、ただ、指を這わせただけだったにも関わらず、ここまで高ぶった気持ちも今までになければ、それでも一気に貫こうとしている相手に、何も抵抗を感じることなく受け入れようとする美由紀。信じられない気持ちは、やはり、夢の終わりに近づいていることを示すものだった。
身体の中からこみ上げてくるもの、今は、残像でしかない。痛みもなければ、快感も次第に薄れていく。ただ、絶頂を味わった時、身体が自分のものではないのではないかと思うほど、痺れが身体のマヒを呼んだのだ。
静寂の中で息も絶え絶え、真っ暗な中で、湿気だけを感じている美由紀は、そばに迫丸がいることの安心感に委ねられるようにしながら、夢から覚めていないことを不思議に感じていた。
――まさか、夢じゃないということなの?
確かに小学生から始まり、中学生。そして、最後の絶頂は、今の自分が感じたものだった。これが夢でないとすれば、どういうことなのか? 自分の中の妄想が、形となり夢を見ている感覚の中で、現実と夢の間の狭間に落ち込んでしまったのかも知れない。
――一体、何が真実なのだろう?
美由紀は、自分の置かれている立場を、真実という言葉に置き換えてみようと考えた。しかし、夢ならとっくに覚めているはずのものが、覚めずにそのまま快楽の中にいる。
快楽を与えてくれたはずの迫丸の存在が、今は感じられないのは、どうしたことか? まるで自分だけが宙に浮いてしまったのではないかと思うのだった。
そんな中で、一番知りたいものは、「真実」だった。本当は状況を知りたいはずなのに、それよりも真実を求めるというのは、真実さえ見つかれば、元に戻れると思っている。逆に見つからなければ、ずっとこのままなのかも知れないという思いもあるが、実は、美由紀の中で、
「このままでもいいのでは?」
と考えている自分がいるのも事実だった。
快楽だけを求める自分がいる。そのことを教えてくれたのが、この世界。そして、快楽だけを求める自分が、他の誰でもないと思っているくせに、真実とは程遠い存在であることを感じさせる。これを教えてくれたのも迫丸なのだ。一体、迫丸は美由紀の真実の、どこまで関わっているのだろう?
――迫丸という男、私にとって、一体何なのかしら?
夢から覚めたわけではないのに、次第にこの世界でも、彼に対して快楽を与えてくれる以外に、考えられない存在に、戻ってしまっていたのだ。
――今は夢から一刻も早く覚めてほしい――
一体、どこで変わってしまったのか、極端な心境の変化は、ひょっとするとその中に本当の真実が隠れているのではないかと思わせた。
――夢という言葉で、勝手に自分の真実を作ろうとしているのではないだろうか?
美由紀は、そんなことまで感じるようになっていた。
――夢でなかったら?
などという感覚が打ち消されたのは、それからすぐのことだった。いつものように小窓から、光が差し込んでくるのが見えたのだ。
自分の部屋で寝ているのを感じると、ホッとした気分になった。やはり、見ていたのは夢だったのだ。しょせん、夢は夢。現実には勝てないのだ。
――現実こそが真実――
リアルすぎる夢を見ただけで、美由紀は、自分が思っていたよりも淫乱だったということを思い知っただけなのだ。
「夢と現実の狭間で出られなくなるよりも、よほどよかったではないか」
夢の中に、まだいるであろう自分に語り掛けた起き抜けの美由紀だった。
美由紀にとって、迫丸を思い出すのは、一体いつ以来だったのだろう。確かに迫丸という男が、美由紀の小学生、中学生の頃、同じクラスにいて、悪戯されたことがあったという記憶があるだけだったが、後になって思えば、その記憶も本当に子供の頃のものなので、悪戯でも何でもなかったのかも知れない。美由紀の感覚の中のどこかで、迫丸を悪人に仕立てあげなければいけない何かがあったのだろう。
迫丸は、人から何かを言われても、まったく表情を変えようとはしなかった。責められても、反省の顔もないが、逆らうこともない。何を考えているのか分からない雰囲気だった。
学校でも、いつも一人だった。同じようにいつも一人だった美由紀は、意識していないつもりで、気が付けば迫丸を気にしていた。一人でいても、寂しいという雰囲気を醸し出すことのない不思議な男の子で、見られていても、別に気にならない。ひょっとして、公衆の面前で裸にさせられても、彼なら、まったく表情を変えることもないかも知れない。
――羞恥心が感じられないわ――
恥かしいという言葉は、彼から感じられない。それだけに、何をしても、彼ならありえそうで、それが怖かったのだ。美由紀が、彼を意識しないつもりで意識していたのは、何をしても不思議ではない、その雰囲気に圧倒されていたからだろう。
いつも一人だと思っていた美由紀には、迫丸が仲間であるという意識もあったのかも知れない。もちろん、本人は表に出ている感覚では否定していた。しかし、裏にはもう一つの思いがあったことも事実で、そのうちのどこまでを、迫丸が支配していたのかということを考えると、今回見た夢と思しき感覚も、なまじ、昔から美由紀の中にトラウマとして残っていたものが、表に出てきたのかも知れない。