生まれ変わりの真実
と感じると、まだ手術の時の麻酔が完全に切れていないのに気が付いた。
眠っていた期間が数日あったような気がしたが、実際には、半日も経っていかなったはずだ。表から日が差してくるが、それが朝日なのか夕日なのかが分からない。窓の外を見ていると、今度は首に痛みは感じない。それほど無理な姿勢ではないからだろう。
窓の外から、電車が通る音がしてきた。駅の近くの病院かも知れない。目が覚めた時は一人だった。親も看護婦さんもいなかった。看護婦さんはちょうど席を外しているだけかも知れないが、他に誰もいないというのも、ビックリした。よほど緊急な事故にでも遭って救急病院にでも運ばれたのだろうか。美由紀は、初めて来る病院に思えて仕方がなかった。
しばらくすると看護婦さんが戻ってきた。
「目を覚まされたようですね」
「はい、でも一体ここは?」
「ここは、中央病院よ。あなたは、交通事故に遭って、ここに運ばれてきたの」
――ああ、やはりそうなんだわ。だから、私は、手術を受けたんだ――
「そんなにひどかったんですか?」
「そんなことはないですよ。奇跡的なくらいです」
「えっ、でも手術を受けたんでしょう?」
「いいえ、そこまでひどいケガではなかったようですよ。かすり傷というほど軽いものではないですが、交通事故でこれだけで済んだのなら、奇跡に近いと思います。直接当たって、吹っ飛ばされていたらと思うと、それこそ、笑っていられなくなりますからね」
看護婦さんは、そう言いながら笑ってはいたが、表情はこわばっているのを見ると、それが気になった。
美由紀は、手術台の上に乗せられたまま、身動きが取れないという感覚をさっき、確かに味わった気がした。だが、今ベッドの上で、意識がハッキリしてくるにつれて、今の自分の状況が、信じられないようだった。さっき感じた痛みがまるでウソのように消えていた。悪い夢でも見ているかのような感覚だ。
――こんな夢なら、早く覚めてほしい――
と思うのだった。
さっきまで、少し日が差すと思っていたら、もう表は暗くなっていた。さっきの日差しは西日だったのだ。
西日に照らされた部屋は、まだ意識がハッキリしなかったのか、朦朧として見えていたが、今部屋の中は、明かりだけでもハッキリと見ることができる。
じっと見ていても、時間の流れを感じることができるものは、もうどこにもない。窓の外は真っ暗で、それ以上暗くも明るくもならないのだ。部屋の中は薄暗く、最初はジメジメしている感覚があったが、それも次第に慣れてきたのか、落ち着ける環境に整ってきたようだ。
確かに看護婦が言ったように、大したことはなかったのか、痛みもほとんど感じない。手術台の上の記憶が生々しかったのは、最初だけのこと、今は記憶も薄れかけていた。
美由紀は、子供の頃、盲腸の手術を受けたことがあった。あの時の記憶は時々思い出すことがある、リアルな記憶であり、思い出しただけで気持ち悪くなるほどだった。それでも痛かったという記憶ではなく、手術台というものと、匂いに気持ち悪さを感じたのだ。その時にテレビドラマで見た手術の光景が頭にあったのも、気持ち悪さを誘発させる原因にもなっていた。手術が終わると、安心したのか、意識が朦朧とし、そのまま意識を失ったようだ。目が覚めてからは、ウソのように手術のイメージは頭から消えていた。それでも思い出した時は。よりリアルなものであり、そのギャップがまた、美由紀の中でなかなかインパクトの強い記憶として頭の中に残ってしまったようだ。
美由紀はそのまま眠ってしまった。
その時の美由紀は、意識として、
「縛られている」
という思いを強く持っていたのである。
普段と違うベッドに寝たのも、おかしな妄想を掻きたてるに十分だったのだろうか。
その時の夢は以前に見たことがあると思える夢で、出てきた相手は迫丸だった。美由紀に対して悪戯している。動けないのをいいことに、ベッドの蒲団をまくると、そこには縛られて動けない美由紀が横たわっている。
恐怖に歪む目が生々しい。
「お前のそんな目が俺の興奮を掻きたてるのさ。もっと怯えるんだ」
と言っている。
ただ、声に出して喋っているわけではなく、動いている口を見て、何を言っているのか判断している。次の瞬間に思い出せば、声を聞いたような気がするくらいに、聞こえてくる感覚は自然だった。
迫丸の悪戯が、蹂躙されている美由紀に、過剰反応を与える。羞恥で顔が真っ赤になるが、それがさっき感じた風がない時に真っ赤に火照ってしまう感覚に似ていた。あの時は、何ら感じるものはなかった。肌に触るものは、風すらなかったのだ。
鳥肌を立てながら、寒さに震えている身体の箇所もあった。それは一つではなく、ある一帯に集中しているのだが、そこが、敏感な場所であることを知っている美由紀は、震えながら、まだマヒしない感覚が、次第に快感に変わってくるのを感じた。
その部分を迫丸は知っているようだ。最初は、その部分を避けるように指を這わせている。
――あぁ、焦らさないで――
心で叫びながら、目は訴えている。きっと迫丸の目には、辛そうな表情に対し、さらに苛めたい気分にさせられるものが宿っているに違いない。
美由紀の目は、間違いなく男を求めている。それが迫丸なのか、男なら誰でもいいのか。元々美由紀は自分がレズビアンだと思っているので、男なら誰でもいいと思うのではないかと感じ、好きな人ができるはずはないという思いから、多分男なら誰でもいいと感じるのではないかと思っていた。
指が敏感な部分に届き、身体がとろけそうな快感に蝕まれそうになった時、
――このまま、どうなってもいい――
と感じたのであろう。一気に冷めてくる感覚を覚え、その感覚が眠りから覚まさせることになろうとは、思ってもみなかった。
目が覚めるまでの間が、いつもより長かった。何度も夢と現実の間を行ったり来たりしていたような気がした。
一度は、目が覚めたつもりで起き上がろうとするのに、身体を動かすことができなかった。後ろを振り向くと、迫丸が身体を抑えていて、蹂躙を楽しんでいるかのような顔に笑みを浮かべ、口が耳元まで裂けているのではないかと思うほど不気味な表情だった。
現実にはありえない男が目の前にいる。
――まだ、夢から覚めないの?
と思いながら、また意識が朦朧とし、夢の中に落ちていく自分を感じた。しかし、堕ちていくのは夢ではなく、やはり同じ場所で目を覚ました。
――今度こそ――
と思い身体を起こすと、今度は何とか起き上がることができた。
しかし、病院のベッドの横に座っている看護婦の表情が、またしても口元が耳まで裂けているほどの気持ち悪いものだった。
――いつになったら、目が覚めるの?
美由紀は夢の中で彷徨っているつもりだったが、そうではない。堂々巡りを繰り返しているわけではなく、現実を錯覚で見てしまっているのかも知れないと思った。やっと目が覚めた光景は、先ほどの病室と同じだったからだ。
今度は、看護婦の顔に歪みは一切なく、普通の笑顔だった。さっきの恐ろしい表情を思い浮かべてしまうのではないかと思ったが、そんなことはなかった。