生まれ変わりの真実
ということは、誰が見ても私は分かりやすいタイプということになる。だが、今まで分かりやすいなどと言われたことはない。むしろ、
「あなたって、何を考えているか、よく分からないわ」
と、言われることの方が多かった。
自分でも、まわりから見て分かりにくいタイプだと思っていたし、他人に心の奥を覗かれないように意識していたので、よく分からないと言われることに嫌な気はしなかった。それよりも分かりやすいと言われる方が美由紀としては心外だった。実際に、他の人に自分のことを分かられるのは、あまりいい傾向ではないということを、最近気にし始めたのも事実だった。
そう思い、再度、女の言葉をもう一度反芻してみた。
「私にとっては」
という言葉を女は発したではないか。他の人には分かりにくいタイプかも知れないが、自分にだけは分かるということを、誇張していたのだ。
それは女が自分の価値を示したことに違いないが、それよりも、美由紀のその後の言葉も気になった。
「誰よりも」
ということは、やはり、他の人には分からないことでも、自分には分かるという意味で、自分を誇張しながら、美由紀が気になっていることを、解消してくれたことはありがたかった。
ただ、なぜ最近、他人に自分の気持ちを探られたくない気持ちになったのかというのは、自分でもハッキリとは分からなかった。
「お姉さん、私のことを警戒しているでしょう?」
「それはそうよ。あなたは一体誰なの?」
と、美由紀が訊ねると、
「私はあなた自身かも知れないわね。あなたには分かっているかも知れないけど」
女に言われて、目からウロコが落ちた気がした。
なぜ、そのことに気付かなかったのだろう? もう一人の自分の存在を感じながら、いつも意識していたつもりだった。それは現実社会でも、夢の世界でも同じことである。それなのに、今夢とも現実ともつかない、この女と共有する世界。ここでだけもう一人の自分を意識しないということは、やはり、夢でも現実でもない世界だということだろうか。
果たしてそんな世界が存在するのかを考えてみた。
元々夢の世界に対しての意識は、
「現実世界以外は、すべてが夢の世界での出来事だ」
と思っていた。
西遊記の話の中で、夜の世界と昼の世界を支配している妖怪の話があったが、あれは、
「夜でなければ昼。昼でなければ夜」
という発想でなければいけない。
しかし、一日には朝もあれば、夕方もある。それをどちらかに含めるというのであれば、分からなくもないが、そうでなければかなり乱暴な考えである。あの話を読んで、誰も不思議に思わなかったのだろうか? それとも、美由紀が素直に物語を読めない性格だからであろうかと思ってしまう。
ただ、今はその性格が幸いしているのではないかと思っていた。西遊記の話は、物語として、少々のことは物語性に沿っていれば問題ないだろう。美由紀は自分がただの揚げ足取りだと思ってしまい、苦笑してしまったが、自分のことであれば、少々のことも大きな感覚の違いなのかも知れないと思った。人それぞれに性格や考え方が違うのだ。人から見れば少々のことでも、その人にとってみれば一大事なのかも知れない。そう思うと美由紀はもう一度、現実世界と、夢の世界の狭間を考えてみた。
「夢から覚めようとする時間」
夢は、目が覚める寸前で、瞬時に見るものだという話を聞いたことがあるが、美由紀はそれを信じている。現実世界から見れば、実に薄っぺらいもので、まるで二次元世界のように感じられ、次元の違いが、夢と現実を隔てているのではないかと思っていた。
では、夢から覚めようとする瞬間も、別の世界だとすれば、そこも、夢や現実とは違う次元ではないかと思うのだった。
「じゃあ、四次元の世界かしら?」
夢が二次元、現実が三次元、すると、あとは四次元だという発想も、美由紀の中ではあまり突飛だとは思えない。
では、美由紀は今のこの女との世界をどのように思っているのか? 正直、美由紀は今の世界を、
「夢の共有」
と思っている。
女も実は美由紀と同じ夢を見ていて、美由紀がその女の夢に迷い込んでしまったのか、それとも、女が意識して、美由紀の夢に侵入してきたのか分からない。だが、美由紀の考えとしては、相手が美由紀の夢に侵入してきたのだと思っている。
「すると、この夢の主は、私なのかしら?」
と、思うのだが、主導権は、侵入者に握られている。相手は、きっと何もかも承知の上で侵入してきているのだろう。そうであれば、美由紀の意志がどれほど通用するのか、分かったものではない。
なるほど、夢だとするなら、美由紀の中にあると思っている潜在意識の範囲を、ここでは逸脱しているように思えるからだ。どのあたりが逸脱なのか分からないが、美由紀にとって一番の驚きは、女が美由紀の考えていることをすべて分かっていることだ。
「すると、羞恥を感じたり、淫乱な部分まで知られているということなの?」
急に恥かしくなったが、もう一つ気になるのは、
「私はあなた自身。分かるでしょう?」
と言われたことだった。
この女が言っている美由紀自身が、この女だとすれば、「夢の共有」というのは違った発想になってくる。
だが、美由紀にはさらに進んだ発想もあった。
「何も夢の共有が同じ時間のものだとは限らない」
ということである。
現実社会であるならば、確かに同じ時間でないと発想が突飛で信憑性は限りなくゼロに近いが、夢の世界となると、同じ発想でも、考え方は違ってくる。
夢から覚める時に四次元を通るのだから、夢を共有している相手が、違う時に見た自分だとしてもおかしくはない。ただ、美由紀にかつてこのような夢を見た記憶はない。覚えていないだけなのかも知れないが、この女の存在は、自分の将来の夢なのかも知れない。そう思うと、美由紀は、「お姉さま」と呼ぶこの女の意識は、レズビアンの女方ではないかと思えた。
だが、そのうちにこの女が豹変してくる時があった。それまで小悪魔的な笑顔を浮かべ、「お姉さま」と慕っていたはずなのに、途中から、指の動きが荒々しくなってくるのだった。
美由紀が何度目かの絶頂に達すると、女は満足したのか、満面の笑みを浮かべたのを感じた。
ゾッとした気持ちになった。可愛らしさの中に淫靡なイメージしかなかったのに、満足した笑顔には、男が女を支配した時の顔が浮かんでいた。
「私は、そんな顔知らないはずなのに」
どうして、そのことが分かったのだろう。男とのセックスの中で、感じたことのない顔だった。
「元々の顔が女だからだろうか?」
それだけ顔と表情がアンバランスで、信じられない表情になっていたということなのかも知れない。
美由紀は、豹変した女に恐怖を感じなかったのは、女の満面の笑みに、男が女を支配した顔を感じたからであろう。
今まで、レズビアンでも、どちらかというと男方だった美由紀だが、それは、自分が相手に合わせていたからであった。今回は、女と言っても、男に豹変するような相手だったことで、相手が女だと思っても、積極的に出ることができなかった。相手の迫力に押され、状況に任せることは最優先だと思ったのだ。