生まれ変わりの真実
美由紀は、自殺菌の話を誰にもせずにいたが、この時は、誰かに喋ってしまいたいという衝動に駆られていた。誰にもしてはいけないという思いと、話してしまいたいという心の葛藤がジレンマとなって襲い掛かり、美由紀を苦しめた。自殺菌のことを思えているのはそのせいだろう。
その時の女性の顔を美由紀は、ハッキリと見た。
だが、その顔を思い出すことはずっとなかったのだ。それなのに、美由紀が昨日見たという電車の中の夢、それが、その時の女性の顔だったのだ。
美由紀は人の顔を記憶することに関しては、極端だった。すぐに忘れてしまう人と、ずっと忘れない人とがいる。しかし数的にはすぐに忘れてしまう方が圧倒的であり、その意識が、記憶力の悪さを自覚させることになっていたのだ。
自殺菌と、夢の中に出てきた女性。この二つがいかな結びつきを持っているのかが、美由紀には分からなかった。ただ、どちらも印象深かったのだから、覚えていても当然ではあった。
しかも、女性の顔は、一瞬しか見ていない。一瞬だっただけに、忘れたくないと思えば、必死で頭に植え付けようとするだろう。表情が一つだということは、それだけ覚えておくには、都合がよかったのかも知れない。
美由紀の中で、電車、自殺菌、自殺した女性、さらに墓場のイメージは、切っても切り離せないイメージが残った。最近たくさん見る夢であったが、ハッキリ覚えている夢も、そうたくさんはない。いくつもの夢を結び付けて一つの夢として記憶させようという意識が働いているのかも知れない。
ただ、夢の中に出てきた女性を、美由紀は以前から知っていた人のように思えた。美由紀の知っている顔の女性とは、自殺する瞬間しか知らなかったはずなのにどうしてだろう?
――ひょっとして彼女は美由紀に何かを言いたかったのではないか?
美由紀の知らない彼女の意識が、美由紀に乗り移っているのかも知れないと思うと、美由紀は、また震えが出てきた。それは恐ろしさというよりも、興味を感じている震えであり、武者震いに近いものだったのかも知れない。
今、会社で自殺が頻繁しているのも、何かの影響かも知れない。自殺がただの偶然ではなく、連鎖反応が引き起こすものだとすれば、自殺菌の存在も簡単に否定することはできない。
以前から知っている人であれば、それは会社の人だったのかも知れない。偶然、似た人がいて、無意識に美由紀が、以前に見た自殺者を思い出したことで、会社の自殺者と顔がダブってしまい、いやがうえにも思い出さされてしまったのだろう。
会社からは当然、緘口令が敷かれていた。
もっとも知っているのは、限られた人ばかりだ。
美由紀は、そのことをストレスとして抱えていたことは自分でも分かっていた。
「誰かに話してしまいたい」
という気持ちがあったが、話すことで自分の立場が危うくなるのはバカみたいである。離さないことが一番いいのだろうが、黙っておくことがストレスに繋がることは、百も承知だった。
「こんな会社、辞めてしまいたい」
自分の立場を呪った。そして自殺する人をも呪った。
「お前たちが自殺なんかするから、俺がこうやって悩まなければいけなくなるんじゃないか」
ストレスがジレンマに変わる瞬間でもあった。
菌が自殺に影響していると言う発想は、あくまでも連鎖反応を起すというところから始まっている。それがたまたま美由紀の近くで続いたことで、自殺菌なる発想がもたらされたわけで、本当にどこでも、自殺は連鎖反応を引き起こすものなのであろうか。あくまでも迷信であり、都市伝説の類なのではあるまいか。
そう思うと、「自殺菌」の発想もある意味、広がってくれば、迷信や都市伝説に、「格上げ」されるかも知れない、自殺菌は、まだまだ一個人の発想でしかなく、人に話せば嘲笑を浴びて、終わりになるだけなのかも知れない。
昨夜の夢で、電車の中で出会った女性と、何があったか思い出そうとした。
どうやら、またしても、淫靡な夢を見てしまったようで、目が覚めると、身体に火照りが残っていた。身体を動かそうとしているのだが、金縛りに遭ったかのように手足は痺れ、痺れは快感から来ていて、金縛りに遭ったにもかかわらず、身体とは裏腹に、神経は心地よさと、身体が受けた満足感と、それにともなっての憔悴感が、同時に沸き起こっているのを感じるのだった。
その女は、美由紀の夢では、美由紀と以前から知り合いだった。美由紀も、そのことにまったく違和感を持っておらず、その証拠に、その時、これが夢であるなどという意識はまったくなかったのである。
待ち合わせ場所を放課後の教室に指定してきたのは、美由紀の中で、学校の校舎が、この女のイメージだったのか、それとも、学校の校舎に淫靡なものを最初からイメージしていたのかもどちらかであろう。
最初に待ち合わせを言い出したのは、美由紀の方だったが、場所を指定してきたのは、あの女の方だった。美由紀はなぜ、待ち合わせなどをしようとしたのか、記憶にはなかったが、きっと何か忠告のようなものをしたかったのだろう。その感情を逆手にとってか、それとも、これ幸いにと思ってか、まんまと美由紀は、嵌められたかのような感じになってしまった。
女のことを、美由紀は、名前で呼んでいなかった。それは、相手を知ってはいるが、名前まで知らなかった証拠でもある、夢に出てくるのだから、知っているのなら、ただ知っているだけという中途半端な関係ではないと最初は思ったが、どうしても、名前を思い出すことはできなかった。
女は、美由紀よりも若かった。その日の夢の中での美由紀は、実年齢と同じか、それに近いものだった。女は二十歳前後、美由紀のことを、
「お姉さま」
と呼んでいた。
美由紀は、ゾクッとしたものを感じたが、自分の中にある淫靡さのせいか、これから起こることを予感して、精神とは裏腹に、身体は何かを予感して、楽しみにしているのを感じた。
最初は、レズビアンの気がある美由紀のことを知って、あの女は、美由紀の身体を貪ってきた。
「お姉さまの身体、こんなにも、感じやすいのね」
「あなたも、なかなかよ。ほら、ここ」
美由紀は、女性なら誰でも感じるはずの場所をいきなり刺激した。すでにそこは固くなっていて、下着の上からでも摘まめるほどだった。舌は、乳首を捉えていたので、女は二か所を攻撃され、甘い吐息が漏れた。
「あっ」
押し殺すような声での甘い声だったが、それは、彼女の恥じらいが強いことを示していた。ただ、恥じらいの強さだけではなく、気の強さも感じさせるものだった。美由紀は、彼女を自分が主導権を握って、精一杯に愛してあげようという気になっていたのだ。
美由紀のレズビアンとしての考えは、基本、主導権を自分が握り、
「精一杯に愛してあげよう」
というのが、相手に対しての基本姿勢だった。それが、美由紀の側からの「責め」の姿勢であり、責められることを予期していないものであったのだ。
だが、あの女は、最初から自分が責めようという気持ちでいたようである。しかも、美由紀の「責め」とは、根本が違っていた。責め方の基本が、美由紀の場合、
「愛してあげる」