生まれ変わりの真実
美由紀が最初に結婚したことで、美由紀の中に、友達に対しての優越感があった。美由紀にとって結婚の一番の意義は、この優越感だったのかも知れない。
優越感という感覚が、どれほど小さくて些細なことなのかということを知ったのは、離婚してからであった。離婚の際に知ったわけではない。離婚で訪れた寂しさの中で、何が寂しいのかを考えてみると、離婚したことで感じる孤独感は、伴侶がいないというだけではなく、さらに他にもあることが分かった。それが、優越感を感じるための相手の存在だった。
結婚したことでまわりに対して優位に立ったつもりだったが、まわりもそのうちに結婚していく。そして、さらに、今度は自分が離婚ともなると、優越感どころではなくなってしまい、バランスを崩すことになってしまう。
昨日見た夢が、美由紀が最近気になっている女性の夢だった。
普段は大人しく、余計なことは何も言わない。気が弱そうなタイプで、美由紀は話をしたこともなかった。
彼女とは、時々電車の中で出会っていた。最初に意識していたのは、彼女の方なのかも知れない、
決して美由紀に近づこうとはしないが、美由紀を意識しているのは確かなようだ。視線を感じて目を向けると、彼女と目が合ってしまうことがある。そんな時、視線をすぐにそらそうとするのだが、どうしても残像が残ってしまうのか、顔は逸らせても、視線は残ったままだったりすることがある。
それだけ、元々の視線が美由紀に対してあったということだ。美由紀の目が鋭いので、目を逸らせないからだと最初は考えたが、ビックリして逸らしてはいるが、そこに怯えは存在しない。気にし始めてからは、見るからにオドオドした態度に見えるのに、美由紀の視線に対して臆しているところがないのだ。それは、彼女が最初から美由紀を意識していたという証拠ではないだろうか。
美由紀の視線に臆することがないのは、美由紀のことを知っていて、意識して見ていたということだ。
美由紀は彼女に見覚えはない。なぜ鋭い視線を浴びなければいけないか、分からないのだ。
「自分で強い視線だって思わないのかしら?」
視線が強ければ、相手だってさすがに気付くだろう。じっと強い視線を浴びせているのであれば、それくらい気になるであろう。それなのに、彼女は、美由紀が気付いた時に、少なからずビックリしていた。それだけ、視線に集中していたのか、それとも、何かを考えていて、自分が視線を向けているのが無意識なのかのどちらからだろう。
今までに何度か気付いたことがある視線である。この日は、最初から気付いていて、視線を合わせようと感じていたからだったが、彼女のビックリした態度に、美由紀自身もドキッとし、自分に対しての視線の気が分からないでいた。
視線の強さを感じると、その視線が、興味を持っての強い視線なのか、それとも、何か恨みの籠った視線なのか、そのあたりは分からなかった。視線に気付いて見つめ返した時、彼女の顔はすでに明後日の方向を向いていた。
視線だけはどうしても残していたが、顔を背ける反応は早かった。
「最初から美由紀の視線を分かっていたのかも知れない」
と感じたが、もしそうであるとすれば、視線だけを残していたのも、ひょっとしてわざとではなかっただろうか? 驚きの表情にすっかり騙されてしまうところだったのではないだろうか。
疑えば疑うほど、美由紀は彼女に対して深みに入っていくようだ。
「彼女は普通の女の子ではない」
と思ったのは、男と女の違いこそあれ、視線を子供の頃に感じたものと同じものを感じた気がしたからだ。
その視線というのは、小学生の頃に感じた迫丸のものだった。彼女の視線を感じた時、迫丸の視線を昨日のことのように思い出されたのだ。
「迫丸の視線を思い出させるために、彼女は現れたんじゃないだろうか?」
この間、迫丸の夢を見てしまったのも、そう思うと、分かる気がする。何度も彼女の視線を浴びているうちに、視線を同じオーラとして感じたのが、迫丸だったのだ。
迫丸を思い出したことで、彼女の視線をさらに強く感じるようになった。
「どう? やっと思い出した?」
と言わんばかりだが、思い出したから、何だというのか。大人になってからのイメージを知らない迫丸には、美由紀は子供の迫丸しか姿はイメージできないが、態度や雰囲気は大人をイメージできた。それは、彼女をイメージすることで、大人になった迫丸をイメージできるという不思議な感覚だったのだ。
彼女をじっと見ていると、迫丸の夢を見てから、後だったのは分かっているのだが、何度か彼女の夢を見たことがある。
一番最近に見た夢で、明らかに前の夢の続きだというイメージで見ていたものがある。
「この間の続きね」
と、彼女も言っていた気がしていた。
美由紀は、自分が夢を見ているという意識がハッキリとすることがあった。だからこそ、夢の内容を覚えているのか、忘れてしまう夢の方が圧倒的には多いのだと、思っていたのだ。
夢の中での彼女は饒舌だった。
電車の中の彼女が口を開くところを想像できないにも関わらず、夢の中では饒舌なのだ。まるでまったくの別人のように思える。夢の中での彼女との「はじまり」も、まずは電車の中からであった。
夢の中で感じる電車も揺れていた。それは、美由紀が彼女を見ていて、二重にも三重にも見えるからだった。
――どうして、二重にも三重にも感じるのだろう?
という思いが最初にあって、その次にやっと自分の身体に揺れを感じたのだ。
「ガタンゴトン」
揺れを感じると、音も感じてきた。
「カンカンカン」
電車の音を感じたかと思うと、電車の中ではあまり聞こえることのないはずの、踏切の警報機の音が聞こえてきて、目を瞑ると、赤い点滅に遮断機が下りるのを感じた。
その瞬間、美由紀は鋭い恐怖に襲われた。赤い点滅と遮断機、それに警報機に、恐ろしいものを感じたのだった。それがなぜなのか分からなかったが、恐怖心は一瞬浮かんで、すぐに消えていった。それでも、余韻のようなものが頭に残り、美由紀は恐怖を感じながら、彼女を意識するという、おかしな感覚に襲われていたのだった。
だが、夢の中では不思議なことに揺れは感じるのだが、電車が前に進んでいるという感じがしない。固定された場所で、ただ上下運動を繰り返しているだけに感じられるのだ。
固定された場所で、前に進んでいないのに、揺れだけを感じるというシチュエーションに、美由紀は恐怖を感じていた。これは夢ではなく、テレビドラマを見た時に感じたことだったが、テーマが幽霊列車というような感じのものではなかったか。普通に電車に乗っていて、次第に電車の車内が暗くなっていく。駅に着いたわけでもないのに、暗くなっていくにつれて、乗客の数が減ってくるのだ。
主人公は、ここに至って、電車の中で起きていることが、夢なのではないかと思い始めた。
「何で今頃気付くのよ」
と、その時は不思議に思ったが、実際にその立場になれば、夢であるという発想を感じるのは、一番最後の「手段」となるのだ。
「ガタンガタン」
電車は、音を立てて進んでいる。電車が進んでいるのを感じたのは、
「カンカンカン」