生まれ変わりの真実
淫乱という言葉は、嫌悪に値するものだった。何も自分が清純で、穢れなき女性だとは言わないが、少なくとも、淫らなことなど縁のない女性だと、ずっと思ってきた。それは、美由紀に限らず、皆そうだったのかも知れない。途中で淫乱な自分に気付いて、ハッとする。その後、自覚してからは、淫乱さを表に出す人と、隠そうとする人の二通りに分かれることだろう。美由紀は、隠そうとする方だと思っていたが、実際に気が付いてしまうと、案外、表に出そうとするタイプなのかも知れないと感じていた。
――だから、こんな夢を見たりするんだ。この夢は、自分に対して自覚を促すことに繋がり、これからの自分を、どう方向づけるかを考えようとするために、見ているのだろう――
そんなことを考えていると、嫌悪感を悪いことだとして感じることなど、サラサラないのだろう。
迫丸の指は、巧だった。今まで抑えていた声が、思わず出そうになる。
だが、美由紀は我慢した。もし、ここで声を発してしまったら、今の快楽から冷めてしまうように思えたからだ。
気持ち悪く、吐き気まで催しているくせに、今の感覚から抜け出したくないという正反対の感情を持ってしまったのは、今まで培ってきた美由紀という人格が、今気付いた淫乱という性格の自分に支配され掛かっていることを示しているのではないか。
――培ってきた性格とは、何と弱いものだったのか――
このことに対して、美由紀は深い憤りを覚える。新しい自分を発見したという言葉だけでは言い表せないものを感じたのだ。潜んでいた淫乱という性格、今初めて知ったかのように思っていたが、本当は、もっと前から知っていたように思う。そうでなければ、いくら何でも夢の中に迫丸が出てきて、次第に快感を与えられるような自分を発見し、それが淫乱に繋がるなど、想像もしていなかったからだ。
気持ち悪さが快感に変わる時、迫丸の指先を感じながら、痺れていた足の感覚がマヒしてくるのを感じた時だ。
――痺れがマヒする感覚――
それは、麻酔が効いてくる感覚に似ているのではないだろうか。
美由紀は、手術を受けたことがないので、麻酔をハッキリとは知らない。せめて虫歯の治療で麻酔を使った程度だが、同じようなものだと思ってもいいのだろうか?
夢の中で、手術台の上に乗せられたことがあるような記憶がある。想像しただけでも、背筋に寒気が走るが、手術を受けたわけではない。身体の痺れを感じた時、一瞬だけ、手術台のイメージが頭に浮かんでいるようだった。
看護婦が数人に、医者が一人。皆キャップをかぶって、マスクで口を覆っている。目だけしか見えていない状況だが、相手の顔を想像できてしまいそうなのが不思議だった。だから、夢だと思えるのかも知れない。
医者の顔を見ると、愕然としてしまった。目だけしか見えないが、明らかにあの顔は、迫丸だった。
――この男が私を蹂躙しようとしている――
この感覚は、夢の中で、迫丸から辱めを受けている時、初めて感じたものではなく、それ以前から感じていたもののようだ。手術台の気持ち悪さは、次に見る夢すら、予期していたのだろう。
次に見る夢、それが蹂躙されている夢だと、どうして分かるのか、実際にはその間に他の夢もたくさん見ているはずである。いきなり迫丸の夢を見たのでは、
「夢の続きを見た」
という感覚にしかならないだろう。
膝を通り超えた迫丸の指は、太ももを撫でまわす。
「あ、いや」
言葉が漏れた。それほど感じる場所なのである。
――あれ?
嫌なはずなのに、気持ちいいという感覚が、気持ち悪さを完全に上回っていることに気付いた。それなのに、ちっとも嫌ではない。それどころか、快感に身を委ねている自分に自己嫌悪を感じることはなかった。
「身体は正直なのさ」
今まで無言で、息遣いだけしか聞こえなかった迫丸が、初めて声を発した。しかし、その声は今までに知っている迫丸の声ではなかった。もっと低くハスキーな声だと思っていたのに、聞こえてきた声は、少しか細い、女性のような声であった。
そういえば、息遣いも、男性というよりも、女性の悶え声のような気がしていた。女性である美由紀が聞いても、淫靡な声は、濡れ場にふさわしい声であり、身体に入りかけた力が、次第に抜けていくかのようだった。
時々、深呼吸をしているような感じだった。過呼吸になるのを抑えているかのようで、その様子は、相手を蹂躙しているというよりも、自分すらコントロールできていないのではないかということを思わせた。
――この人、本当に悪い人なのかしら?
ここまでの行動で、同情の余地などないほどの、ひどいことをしてきているのに、何を今さら相手に好意的な考えを持ってしまうのだろう? 美由紀はそんな自分が信じられない気持ちもあって、身体から力が抜けていくのを感じたのだ。
力が抜けてくると、後は、快楽に身を任せる自分がいるだけだ。身を任せることで気持ち悪さは失せていた。思考能力はすでに失われていて、考える力がなくなっていた。それでも必死で何かを考えようとするのだが、結局は、快楽に行きついてしまう自分に、気付かされるだけであった。
身体は正直だと言われて、
――まさしく、その通りだわ――
としか、答えようがない美由紀は、身体の奥に神経を集中させることに躍起になっていた。
どこが一番感じているのか、その時の美由紀には分からなかった。何しろまだ小学生である。どこが感じるかなど、分かるはずもなかった。
だが、一旦感じる場所を知ってしまうと、それは、以前から知っていた快感が呼び起こされた気がした。小学生の自分がそんな以前に、快楽を知るなど考えられない。それでもその頃の美由紀は、いつも何かを考えているような子で、考えは、高校生くらいの発想が浮かんでいたかも知れないと思うほどで、それが一つに繋がっていなかっただけである。
高校生になったから繋がるというものではないのだろうが、少なくとも身体の成長と、生きてきた年月の違いに勝るものはない。いくら、発想が大人じみていたとしても、高校生になった自分に適うわけはないと思った。
――高校生の自分は、どんなことを考えているのだろう?
今でこれだけのことを考えているのだから、さぞや、発想が大人びているに違いない――
ただ、本当にそうだろうか?
「二十歳過ぎたら、ただの人」
ということわざもあることから、あまり早く早熟しても、どこかで帳尻が合うようになっているのではないかと思うと、美由紀は自分が大人になった時のことを、考えたくないと思うようにもなっていた。
とにかく、小学生の頃の美由紀は、考えることが好きな女の子だったのだ。
――この夢も、発想が突飛すぎるけど、でも、考えが少しずれただけでここまでになってしまったのではないか――
と思うようになっていた。身体の反応が、考えに勝るなど、思ってもみなかった美由紀にとっては、最初、自分が否定されたかのように思えたことが悔しく、さらには、恥じらいのない自分がこのまま成長すれば、そんなオンナになってしまうのかと考えると、恐怖に震えが止まらなかった。