生まれ変わりの真実
シーンとした静寂の中で、耳鳴りが響いているのだが、耳鳴りの中に、胸の鼓動が同じ間隔で、まるで地響きであるかのように攻めあがってくるかのようだった。
胸の鼓動は、指先に痺れを伴い、痺れの感覚がマヒしてくると、今度は激しい頭痛に襲われた。
自分の置かれている状況に、さらなる激しい頭痛。何も考えられないはずなのに、絶望感だけが、容赦なく襲い掛かってくる。
襲ってくる頭痛は、自分の中で、
――何も考えなくてすむんだ――
と、頭痛さえ起こっていれば、容赦だってあるはずだという思いが頭を巡ってくるのだが、そんな甘くはないようだ。
迫丸の息が足首に当たっている。
――気持ち悪い――
肌に決して触れようとしない迫丸の行動は、美由紀にとて、恐怖心をさらに煽るものだった。
――早く済ませてほしい――
という思いも、ここに至っては、絶望でしかないことで、いっそのこと、何も考えない方がいいと思うようになった。
しいていえば、
――これが夢だったら、どれほどいいだろう?
という思いが、頭を巡った時だった。
カッと見開いた目は、一瞬、自分がどこにいるのか分からない感覚に陥らせた。だが、見覚えのある光景に、思考よりも先に安堵感が湧き上がってきたのだが、それは、そこが自分の部屋のベッドの上だったからだ。
もちろん、迫丸がそんなところにいるはずもない。夢だったことは疑いのない事実のようだ。
「夢だったんだ」
と、感じたが、その割りには、リアルな感覚に襲われていた。その証拠に、指の痺れは収まらない。夢の中で、痺れがマヒしてくる感覚に陥ったことで、目が醒めてから、痺れを取るすべとタイミングを失ってしまったのではないかと思うほどだった。そのせいで身体を起すことができない。それでも、すぐに身体が元に戻ってくると信じて疑わない美由紀だった。
夢の続きを見ることはないので、安心していた。
いい夢はいつもいいところで終わってしまい、もう一度続きが見たいと思っても見れるものではない。悪い夢も同じで、見たくない夢なので、見ないに越したことはないが、見ることができないのは、ありがたいことだった。
だが、この夢だけは不思議だった。
最後に目が覚めた瞬間から、ちょうど続きを見てしまったのである。
それが次の日だったのか、だいぶ後になってからだったのか、それとも、その間に他の夢が入り込んでしまっていたのか、そのあたりも分からないでいた。
最初に感じたのは、足首に当たる息だった。
――まさか――
すぐに、前に見た夢の続きだということは分かった。
――どうして? 夢の続きなんて見ることができるはずがないのに――
と思いながら、今の状況を必死で分かろうとしていた。
前に見た夢の終わりが、どうにも曖昧なのだった。いい夢であれば、ちょうどいいとことで終わるのだが、こんな嫌な夢は、どこで終わっても、後味が悪く、気持ち悪いものだ。したがって、続きを見る時でも、どこから見たとしても、それはただの続きであって、感情など、どこにも入り込む余地はない、つまりは、
――流される――
という感覚しかないのである。
本当にそんなバカなことがあるのだろうか?
夢の続きを見ることは、夢と現実世界の間でのタブーのようなものだと思っていた。望んでも叶えられるはずのないもの。どちらも自分なのにである、
今度は、前の夢よりも、リアルな感じがした。恐れていたように、足首に生暖かいぬめりを感じたからだ。
「きゃあ、気持ち悪い」
思わず声が出たが、迫丸が、美由紀の足首から、次第に膝の方へと、舌を這わしてきたのだ。暖かさは一瞬で、すぐに暖かさを覆った部分に、鳥肌を立たせる。迫丸は、すべてを悟ったような表情で笑っているが、やはり、口元は怪しく歪んでいる。
――あの時の顔だ――
やはり、夢の続きを見ていることに間違いはないようだ。
迫丸は、あの時のままだが、美由紀は、あの時の美由紀ではない。確か、あの時は、まだ小学生だったような気がしたが、今は高校生になっていた。ということは、この間見た夢は、小学生の頃の自分を夢で見たということになる。
――いや、それとも、本当に小学生の頃に見た夢を、何年か経って、忘れた頃に続きを見ているということなのだろうか?
夢と夢の間に現実があるのだが、現実を通り越して、まるで昨日のことのように昔の夢を見ているという感覚も、まったく考えられないことではない、
美由紀の中での感覚が問題だった。本当に昔の夢を今見ているということであるならば、夢の続きという考え方は、少し違うのではないかと思う。あくまでも、新しい夢を見ていて、ただ、過去の記憶だけが残っているというのは、おかしな考えであろうか。
「目が覚めると、夢は忘れてしまうものだ」
という考えが頭にあるから、新しい夢だという思いも抱けるのかも知れない。
迫丸は、しつこい性格だった。話をしたこともなく、彼の話題に触れるだけでも、悪寒が走りそうな意識が最初から、美由紀の中にあった。
――待てよ?
話をしたこともなく、意識もしたことのない人に対し、どうして最初から悪寒が走りそうな感覚になるというのだろう?
それだけ彼を意識していたということなのだろうか。
いや、美由紀の中で迫丸という男の存在は、まるで異次元のようなものだった。普通の時系列で考えてはいけない相手であり、時系列で考えてしまうと、感じていないことまで感じてしまうことになってしまう。
――大げさに考えてしまうのは、その思いがあったからなのかも知れないわ――
夢にしてはリアルすぎる。本当にこの男に犯されてしまう自分を想像してしまうのは、自分の中にマゾヒストな部分があるからだろうか?
嫌だと思いながらも、求めてしまう感覚。夢でよかったと思うべきなのか、夢でも見てしまったことに対して、自己嫌悪を感じてしまう。
迫丸の指が、美由紀のふくらはぎを撫でている。足が攣りそうになるのを、必死に耐えていたが、すでに一度攣ってしまった後のように、熱く脈打っているふくらはぎを感じるのだった。
息を感じないのは、それだけ指に身体が集中しているからなのか、それとも、本当に顔が遠くになるのか、どちらなのか分からない。ただ、美由紀は少なくとも、指に身体が集中しているのは事実だ。
――感じているなんて、ありえないはずなのに――
と思いながらも、気が遠くなりそうな自分に気付いて、ハッとしてしまう。
指の主がもし、迫丸でなければどうだろう?
確かに、気持ち悪いとは最初に感じても、迫丸の指でさえ感じるようになってしまったのだから、相手が違っていたら、もっと感じているかも知れない。そうでなければいけないと思った美由紀は、自分が淫乱なのではないかと、その時、初めて感じたのだった。