生まれ変わりの真実
それも間違いではないように感じた。ざわざわという喧騒とした雰囲気に変わりはなかったからだ。喧騒とした雰囲気から、誰もまわりのことなど気にすることもなく、好き勝手に歩いているからだと思っていたが、その中で、美由紀は一瞬ザワッとしたものを感じた。ブルッと震えが走ったかと思うと、気が付けば、その視線の先を無意識に探している自分を感じたのだ。
視線の先にいるのは、見覚えのある人だった。それが、沙織であるのに気付くまで、少しだけ時間が掛かったようだった。沙織は相変わらず、純真無垢さを醸し出すかのような中途半端な笑顔を浮かべている。
視線の正体が分かると、美由紀はホッとした気分半分、もう半分は、
――また、以前の純真無垢さに戻ったみたいだ――
という思いがあり、どうしてまた元に戻ったのかを訝しく思っている自分を感じたのだった。
美由紀を最初から分かっていたはずなのに、気が付いた美由紀に対して、まったく無表情な沙織に、美由紀は不満を感じていた。
純真無垢さが嫌な気がすると思った本当の理由は、無表情で、何を考えているか分からないところにあった。それが、まったく知らない人であれば、どう感じたであろうか。知っている相手だからこそ、こちらとしてもどう接していいか分からずに、困惑してしまうのを、さらに無表情で見つめられたら、あれこれ考えるのが、バカバカしくなってくる。沙織の視線の先にいるのが男性であれば、バカバカしいなどと思わないかも知れないが、美由紀には複雑な心境だった。
――女性なら、一発で嫌いなタイプとしての烙印を押すことになるかも知れないわ――
と感じた。
そう思うと、美由紀は、自分の発想が、本当に女性なのかと思うようになっていた。女性の性格というのがどういうものかが分かっていないので、ハッキリとしないが、かなり男性寄りになっているのではないかと思っていた。
女性の性格としては、女性として見ると、かなりアッサリとしていて、
「嫌なものは嫌だ」
と感じるものだと思っている。
しかし、男性としての目から見ると、女性の性格としては、優柔不断なところが多く、それがゆえに、愛想でごまかそうとするのではないかと思っていた。だから、沙織のような雰囲気の女の子を、基本的に男性は嫌いではないのだが、どこか信用できないところも感じているのではないかと思えた。
――女性だったら、きっと、一番友達にはなりたくないタイプと言えるでしょうね――
と、思えてならなかった。
最初に美由紀は、男性としての目と、女性としての目の両方で相手を見ているかのように思えた。
沙織と出会った時は、美由紀は男性の目線だったような気がする。話しかけているのは確かに女性なのだが、それは、話をしている感覚と、見ている感覚が違ったからだ。実際にそんなことができる自分が怖いと思ったが、上から目線で見ていながら、口調は遜った言い方、それは、営業などが使う手だと思えば、別におかしなことでもないように思えた。
「こんにちは、こんなところでお会いするなんて、今日はどうされたんですか?」
美由紀はそこまで言うと、沙織の出方を伺った。沙織に対しては、どこか会話を計算してしまう自分がいることに気付いていたが、それは男の目になっていることで、相手の気持ちを探ろうとする意識が働いているような気がした。冷めているわけではないと思っているが、そのことに気が付いた時、少なからずのショックな気分になったことは、否めなかった。
「こんにちは、本当に偶然ですよね。でも、美由紀さんとは、何となく、偶然どこかで出会うような気はしていましたよ」
美由紀の先制攻撃を、沙織はサラリとかわし、さらに、自分からも軽いジャブを浴びせてきたかのようだった。表情は相変わらず変化はあまりなかったが、その中で微妙に微笑んで見えたのは、今までに感じたことのなかった沙織の余裕のように見えたのだった。
その時、
――ちょっと、彼女のことを見誤っていたかな?
と感じた。
遅きに持した感もあったが、ここまで来て引き下がれないという気持ちもあった。それだけ、最初に感じた沙織のイメージが強烈だったというのもあったのだが、一度決めたことを諦めるには、それなりに自分を納得させるだけの理由がいる。今の沙織を見ている限りでは、諦めるだけの理由は見当たらない。美由紀は、沙織の見つめる目線を少し変えないといけないとは思ったが、諦める気にはならなかった。
これは、美由紀にとっての「躊躇」だった。何かを決断する時には、躊躇もありえることだが、決断したあとに、気持ちが揺らいだという躊躇は、今までにさほどあったわけではない。
気付かなかっただけなのかも知れない。気付かなかったせいで、後になって後悔することになったとしても、後から考えて、躊躇があったことが原因だったとは思えなかった。したがって、躊躇によって失敗したり、後悔しなければいけなかったことがあったという自覚は、美由紀には薄かった。
交差点で出会った沙織と、その後食事に出かけた。お互いに夕食がまだだったので、意見はすぐに一致した。
沙織の馴染みの店だというパスタのお店に連れていってもらったが、夕方でも、それほど客は多くなかった。
「ここは、夜、バーになるんですけど、夕方は、パスタをしているんです。私はここのチーズが好きなんですよ」
薦められたパスタを食べてみたが、結構味付けが濃かった。舌に残る味は、コーヒーというよりも紅茶で流す方がちょうどよかった。濃厚なものに、マイルドな紅茶は、ちょうど合うのだった。
紅茶には、発汗作用と、利尿作用があり、コーヒーよりも美由紀の場合、顕著に表れた気がした。コーヒーを飲むことが多いのだが。紅茶をどうしても飲みたいと思うもある。そんな時は、食事と一緒の時が多く、特にパスタの時は、ほとんどが紅茶だった。もちろん、相手によってはワインにすることもあったが、基本は、紅茶だと思っていたのだ。
そんな美由紀に合わせたのか、沙織も紅茶を頼んでいた。紅茶を頼んだ沙織を見て、店の人は怪訝な表情をまったく示さなかったのを見ると、ひょっとすると、沙織も同じような趣味を持っているのかも知れない。自分のような感覚を持った人は珍しいと思っていただけに、複雑な心境だった。
普通であれば、同じ心境の人がいるのを見つければ、親近感が湧いて、会話も弾むと言うものだが、美由紀にはそれだけでなく、同じ考えを希少価値として自分の中で温めているという一面もあっただけに、まったく同じ考えであれば、それは美由紀にとって邪魔な感覚でもあったのだ。
「沙織ちゃんは、紅茶が好きなの?」
「ええ、紅茶に対しては結構好きですよ。紅茶専門店に寄って、時々店の人と話をしながら、おいしそうなものをチョイスしてもらったりしています」
「お好みの紅茶とか、あるの?」
「その時々の心境によって違いますね。紅茶は、味だけではなく、香りを楽しむことが多いので、その時の心境で、楽しんだり、癒されたりするって感じですね。同じ種類でも、その時の心境によって、味が微妙に変わって感じられることもあったりするくらいですね」