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生まれ変わりの真実

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 沙織から、下の名前で呼ばれると、ドキッとしてしまう。他の人に対しての声と、美由紀に対しての声とでは、明らかにトーンが違っていた。
 何となく自信がなさそうで、怯えたような、消え入りそうな声であるにも関わらず、他の人には、もう少しトーンが低く、自信を持って話しているのが分かる。
――これが同じ人間なんだろうか?
 と思ってしまうほどの雰囲気に、他の人から見ると、沙織の雰囲気はまったく違って見えているのかも知れない。
 沙織を最初、純真無垢だというイメージでずっと見ていたが、途中から、雰囲気が変わって感じられた。飽きそうになったことで、雰囲気が変わったように感じられた。まるで美由紀の思いを最初から読んでいたかのようである。
 明るさが少し増してくる。訳ありな雰囲気を漂わせたまま、純真無垢が外れてくると、包み込んであげたい雰囲気に包まれていたのだ。
 純真無垢なイメージの女の子に対して、包み込んであげたいなどという気持ちは、おこがましく感じられるのだ。近づきにくい雰囲気が漂い、まるで後光が差しているかのように思え、まったく違った世界の人間のように見えてくるから不思議だった。
 沙織とばったり出会ったのは、交差点だった。この場所では、以前にも一度、偶然誰かと出会った記憶があるのだが、それが誰だったか覚えていない。沙織も、最初誰だか分からなかったが、相手の視線を感じ、目を合わせると、すぐにそれが沙織であることに気が付いた。
 交差点で、人とばったり出会うというのは、今までにも何度かあった。しかも、ずっと会っていなかった人と出会うということも初めてではない。それもほとんどが忘れかけていた人で、出会ったことで思い出して、また仲が復活したということもあったりした。
「出会えてよかった」
 と思える相手であり、交差点に対しての見方が、少し変わったのだった。
 いつもただ通りかかるだけの道で、前から来る人たちが鬱陶しいと思っていた。避けて通るのも億劫な時があり、気が付けば、人と肩がぶつかっている。屈強な男性が相手だと、吹っ飛ばされてしまいそうで、そんな時、自分が女であることを悔しく思うのだった。
 朝の交差点と、夕方の交差点、さらには、夜の交差点では、まったく趣が違っている。美由紀が好きなのは、夕方の交差点だった。
 会社帰りの気だるい身体を無理やりに動かして、夕日に向かって歩いていると、冬の時期でも、汗ばむことがある。
 汗を掻いている時、呼吸も整わずに歩いていると、急に身体が浮いてしまうのを感じることがある。ふいに前から人を避けた時などに起こりがちなのだが、その時、吹いてもいないのに、風を感じる。
 その風が妙に心地よく、冬は暖かく、夏は涼しいといった、自分の望んだ環境を作り上げてくれる。
 もう歩けないと思うほど、身体が緊張してしまって、交差点で、いつ動けなくなるかと思えてならないことが今までに何度もあった。気だるさから、手足の痺れを生じてくるのだが、最初は、指先から感じるものだった。
 気持ちいい風に吹かれていると、夕方の気だるさから、意識が遠のいてくるのではないかと思えることもある。
――倒れてはいけない――
 と、思うと、気だるさの原因が空腹から来るものであることに気付いた。すると、交差点の真ん中で、おいしそうな匂いがしてくるのだ。
 その匂いはハンバーグの匂い。だが、その匂いは自分でハンバーグを作っても、感じることのできない匂いだった。
 レストランで食べるハンバーグも、同じような匂いがしない。特別なソースを使っているわけではなく、素朴に肉が焼ける匂いがするだけなのだ。香辛料に隠し味があるのだろうが、今まで嗅いだことのない匂いを、ここでだけ、しかも何度も嗅ぐというのもおかしなものだ。
 近くには、工場はあるが、民家やレストランがあるわけではない。どこかの家庭で作っているというわけでもないのだ。
 美由紀の中に、以前に嗅いだことがあり、交差点と似た雰囲気の場所だったことから、思い出すというわけでもなさそうだ。錯覚ではなく、確かに匂いを感じることができる。嗅いだ匂いは、どこからしてくるものなのか分からないが、意識が朦朧としてくる中で、何かを思い出そうとしているのかも知れない。
 交差点で、沙織と出会った時も、夕方だった。
 その日は珍しく、夕方でも身体が気だるさを感じることもなく、いつになく軽快な身体に違和感すら感じていた。
 ずっと蒸し暑かった中で、少し暑さが和らいだと感じていた時であったが、それでもアスファルトからの照り返しは、尋常ではなかった。
 気だるさの中で、ここまで身体が軽いというのは、不思議な感じがしたが、軽いからと言って、無理はできないことは、美由紀が一番知っていた。
 美由紀の身体は、少し衰弱していた。二か月ほど前に貧血を起こして、気分が悪くなり病院で診察してもらったが、
「あまり、無理をしてはいけませんよ。少し体力が落ちているようですね。心配することはいりませんが、今までのように自分の身体が動くと思って無理をすると、入院することになるかも知れませんから、気を付けてくださいね」
 と言われた。
 ハッキリとした病名は、よく分からないようだが、病気と言っても、精神的なものが影響しているらしく、自分が意識していないところで、無理をしているというのだ。特に熱中症などのような病気には気を付けるようにと言われた。
 実際に、それから貧血とまでは行かなくても、立ちくらみを起すことはしばしばあった。急に前が真っ暗になり、治りかけても、目の焦点が合わなくなってくる。焦点が合うようになってくると、今度は頭痛が襲ってくる。歩くことができなくなってしまい、そのまましばらく座り込み、頭痛が収まる時はいいが、収まらない時は、また病院に行かなければいけなくなることもあった。その時の診断も、
「ストレスからくる心労が溜まっているようですね」
 と、言われた。診察する前から分かっていた医者もいたようで、顔色を見ると、症状から、病気が何なのか分かってしまうのだろうか。
 それから、なるべく昼間は出かけないように注意した。出かけなければいけない時は、日傘を差したり、帽子をかぶったり、肌をなるべく露出しないように心掛けた。昼間は事務所での仕事なのは、幸いだった。
 そんな中、その日は久しぶりに身体が軽く、まるで病気が治ったのではないかと思うほどだった。
 ハンバーグの匂いは、その日は感じなかった。
――病気で身体が重たい時に感じるものだったのかしら?
 同じ環境で、いつもの匂いを感じることがないと、それが本当にハンバーグの匂いだったのかというのも、怪しいものだった。
 その日は、いつもに比べて、交差点の人もそれほど多かったようには思えなかった。何よりも、人の動きが、かなりゆっくりだったからだ。
――自分の身体が軽いことで、まわりがゆっくりに感じるのかしら?
作品名:生まれ変わりの真実 作家名:森本晃次