生まれ変わりの真実
と、思っていた。実際に、余計なことを考えないようにしようと思っていたのは、考え始めると、堂々巡りを繰り返し、抜けられなくなることが分かっているからだ。
「どこかでやめなければ」
と思わない限り、永遠に同じところを繰り返し、結論のない底なし沼に落ち込んでしまうだけのことであった。
堂々巡りは、躁鬱症と同じで、躁鬱症は、繰り返すことを宿命としているものだと思うようになったのも、余計なことを考えて、堂々巡りをしてしまうのを感じてしまったからである。
美由紀は、自分の性格を変えようとは思わない。レズビアンのままでもいいような気がしているが、それには相手が必要だ。今は相手がいなくても我慢していられるが、そのうちに我慢できなくなるかも知れない。
何よりも自分が、年を取っていくことに恐怖を感じる。
確固として、レズビアンであることを自覚し、今のうちに誰か、同じ性癖の人を見つけておかないと、年を取ってからでは、相手にされなくなってしまう。若い時であれば、いつでも相手を見つけることもできるだろうが、少しでも躊躇してしまって、相手が見つからないと、我慢できなくなってからでは遅いのだ。
最初は、この性癖を何とかしなければいけないと思った。ひょっとして、強姦願望があるのは、レズビアンから気持ちを逸らしたいという無意識の中で働いた本能なのかも知れない。レズビアンであることを忘れてしまうためには、ショッキングなことを自分に課さなければ、このままズルズルと性癖に怯え、暮らしていかなければならないことを、恐れているのだ。
男と女、自分が求めているのは、どちらなのか。そもそも、自分は女なのだろうかという疑問も湧いてくる。
確かに姿形は女であるし、医学的には間違いなく女であろう。しかし、精神的なところではどうであろうか? レズビアンでは、男役でも、女役でもどちらもこなした。しかし、それは相手の女性が、女性のタイプなのか、男性のタイプなのかで違う。その見分け方が、美由紀は得意なのだ。
――自分の見る目が、欲する相手を引き寄せる――
そう思うと、自分が望むのではなく、引き寄せられた相手によって、美由紀は開眼させられたとも言える。
しかし、同じ相手と、長くは続かないのも事実だった。他のレズビアンの人を知らないので何とも言えないが、すぐに別れるのも自然消滅に近い形だった。そういう意味でも、年齢を重ねていくことに、美由紀は恐怖を感じる。年を取っていくことが、引き寄せる力がなくなってしまうことが怖いのだ。
美由紀は、鈴音を最初、自分の相手にしようと思ったが、鈴音の中にあるものが、洋三に対する怒りの強さに、
「鈴音を支えているのは、嫉妬心なんだわ」
と、感じるようになった。
男に対して、嫉妬心を抱かれることが、美由紀には、たまらなく辛いことだった。しかも、想ってみても、すでに相手の気持ちは、鈴音から離れている。そんな相手を必死につなぎとめようという気持ちが嫉妬心を生んでいる。鈴音の目は、相手が離れていけばいくほど、その男から離れることはない。そんな女性を自分の相手にするのは、かなり疲れを生じることであろう。
しかも、今は自分が女性を惹きつけると思っているところに、自分にもどうにもならない相手がいることが分かるのも辛いことだ。その理由が他の男への嫉妬心、耐えるには、かなりの体力と精神力を必要とするだろう。
鈴音が難しいとなると、今、美由紀のまわりにいる女性で、相手になる人は皆無だった。待っていてもなかなか見つかるものでもない。自分から探すことも視野に入れていた。
スナックに通うようになったのも、相手を探そうという気持ちもあってからだ。
スナックでは、あまり明るい雰囲気の女性はいない。訳ありの暗さを醸し出す女性が多くいて、彼女たちに以前であれば、気さくに話しかけ、理由も聞けていたのに、今の美由紀はどうしても躊躇してしまう。彼女たちを見ていると、まるで鏡を見ているように思えてくるからだった。
それでもスナック通いを止めないのは、気になる女性がいるからだった。
彼女は、スナックにいつも一人で来ている。雰囲気は暗く、スナックに似つかわしい人に見えるのだが、たまに見せる笑顔が、
――どうして、こんな女性がここにいるんだろう?
と思ってしまうほど、純情で無垢な、そして、世間知らずな雰囲気を醸し出していたのだ。少し小悪魔的にも見える笑顔は、美由紀にレズビアンを思い起させる。年齢的にはまだ二十歳前後であろうか。
――可愛がってあげたい――
という気持ちにさせたのは、鈴音以来だった。
彼女もどこか訳ありなのだが、どこが他の人と違うのか、探ってみた。見た目はどこも変わらないが、たまに見せる笑顔にどうやら、何か秘密がありそうだった。
時々ママさんと話をしているのを見たことがあるが、どんな話をしているのか分からない。彼女の指定席は、美由紀とカウンターの反対側で、入り口に近い席だった。
不思議なことに、美由紀が彼女を見かける時は、他に客が誰もいない時が多い。逆に彼女がいない時に限って、他に客が多いのだ。
「そうね。確かに美由紀さんと一緒の時しか見ることないかも知れないわね」
と、ママにも聞いてみたが、ママの話では、彼女が来る時は、必ず美由紀が来ているようだ。ただ、美由紀が来る時に彼女が必ずいるとは限らない。美由紀が来るよりも彼女が来る回数の方が圧倒的に少ないということだ。
美由紀もそんなに多く通ってきているとは思わない。最近では、彼女がいることで、通ってくることが多くなったが、以前は一か月に一度くればいい方だった。通ってくるのも、それなりに回数が嵩むと、億劫になってくるもので、彼女を意識することがなければ、こんなにも通うことはなかったであろう。
彼女の名前は、沙織という。
沙織は、鈴音に実によく似た雰囲気だった。鈴音より年齢は若いが、最初に鈴音を見た時に感じた雰囲気にそっくりだったのだ。鈴音ほどの明るさはないが、その分、純真無垢な雰囲気を醸し出している。あまり明るいと、せっかくの純真無垢さが引き立たないようで、沙織の魅力が半減してしまいそうだった。
沙織とは、この店でしか見かけたことがなかった。あまりにも純真無垢に見えるので、他の男性客も、誰も話しかけようとはしなかった。年齢を二十歳前後だと思っているが、ひょっとすると、もう少し年齢が上かも知れないとも感じた。
純真無垢な雰囲気も、たまにならいいのだが、ずっとそばで見ていると、飽きが来るように思えた。
「美人が三日で飽きる」
ということわざがあるが、純真無垢な雰囲気も希少価値であるだけに、じっと見ていると飽きが来るのかも知れない。
そんな沙織と表で会ったのは、沙織を意識し始めて、すぐのことだった。
「美由紀さん」
沙織は、美由紀のことを最初から下の名前で呼んだ。まわりの人も皆馴染みなので、舌の名前で呼ぶが、最初から下の名前で呼んだ人はいなかった。一番最近知り合ったのが沙織だったので、沙織は、ひょっとすると、美由紀の苗字を知らないのかも知れない。