生まれ変わりの真実
美由紀は、迫丸に感じたイメージ。確かに強引に襲ってくるのは、相手のことを考えていない証拠に見えるが、迫丸の動作一つ一つを考えれば、今までの男性とは違っていた。次第に惹かれていったのは、強引な中にも気を遣った仕草や、相手の感じるところを微妙なタッチで捉えるところであった。テクニックと言ってしまえばそれまでだが、相手の呼吸や、胸の鼓動を読むことで、相手を惹きつける力があるのだ。美由紀は、その証拠に、次第に迫丸に惹かれていた。たとえ夢の中でも、感じるものは同じだということを、思い知らされた気がした。
「迫丸は、付き合っている女性と別れる時には、どんな態度を取るのだろう?」
思わず、前の旦那を思い出した。
別れる時に、お互いに感情を示さなかった。それが、お互いに冷めてしまった感情を蒸し返すことなく、静かに別れることが一番平和に、そして、お互いに自分たちの生活を営んでいける自然な別れ方だと、信じて疑わなかったのだ。
感情を示さなかった二人の最後は、
「さようなら、お互いの人生をしっかりね」
という言葉で、最後を結んだ。その時に彼が一瞬微笑んだのを、美由紀は見逃さなかった。その表情を見て、美由紀も微笑んだ。
――微笑んだんだ――
今さらながらに思い出しながら、不思議な感覚に陥っていた。なぜなら、その時、少なからずの後悔が、美由紀を襲ったからだ。
――どうして別れることになったのだろう?
別れの話が出てから、冷めてしまった感情をそのままにして、平穏無事な離婚が成立することが、一番お互いにいいことだと思っていたはずだ。
それなのに、最後の最後で、どうして、後悔が襲ってくるというのだろう。もう、どうしようもないところまで来ていた。追いつめられた感覚もなく、
――やっとここまで来れた――
と、感じていたはずなのに、後悔の念は、自分に何をもたらすというのだろう。それまで抑えていた感情が、表に出たということか、それとも緊張の糸が一気に取れてしまったということなのか。
美由紀は、彼の笑顔を恨んだ。後悔の念は、一瞬だったが、最後の最後に訪れたことで、平穏に別れることができず、それまでの平穏に保つための努力が、すべて水泡に帰してしまったことに気付いたのだ。
「終わりよければすべてよし」
ということわざがあるが、終わりが悪ければ、途中がどんなに良くても、すべてが無になってしまうことだってあるのかも知れない。本当にすべてが無になったとまでは思わないが、かなりのショックを、美由紀に与えたことは否めない。
――別れることが、こんなに難しいなんて――
と、今さらながらに感じさせられた。やはり、冷めた感情しか残らなかったとはいえ、人と別れる時に、感情のすべてを押し殺すなど、できっこないに違いない。
迫丸のことを知りたいと思ったのは、元旦那のことを思い出したからだろうか?
確かに元旦那のことを思い出していくうちに、迫丸のことを知りたくなったのも事実だった。彼が今何をしていて、誰か付き合っている人がいるのだろうか?
結婚して平凡な家庭を築いているのかも知れない。もし、そうであれば、美由紀が想像した淫らな発想は、一体何だったのだろう? 迫丸に対して失礼ではないかと思ってしまう。
もし、迫丸が結婚していて、平凡な家庭を築いているとすれば、美由紀は複雑な心境だった。
自分に悪戯をした迫丸を、その時から、絶対に彼が自分よりも幸せになることなどありえないと思ったからだ。それは、すべての時についても同じであり、美由紀が離婚した時でも、迫丸は、失意の美由紀よりもさらに不幸でなければいけないことになるのだ。
逆に言えば、美由紀は、最底辺まで堕ちることのないことを自分なりに暗示していることになる。
今まで、迫丸に対して抱いていた気持ちは、それ以上でもそれ以下でもなかった。もちろん、彼が今どんな状態にあるのかを知りたい思うこともない。思ってしまえば、確かめたくなることもあるだろう。正直確かめるのが怖いのだ。確かめてみて、もしそれが違っていれば、どんなに後悔するか、計り知れないからだ。
美由紀の気持ちの支えの中に、確かに迫丸は存在している。
――彼は、自分より絶えず不幸な人間なのだ――
精神を平穏に保っていくための、自分の中にある指標であった。一旦、その気持ちが揺らいでしまうと、美由紀にはどうすることもできなくなってしまうかも知れない。
迫丸に会ってみたいと思うことは、美由紀の中では禁断だった。禁を犯すことは、自分の感覚のバランスを崩すことになる。
――感覚のバランスを崩す――
今まで自分には、あまり縁のないことだと思っていたが、迫丸との出会いは、確実に感覚のバランスを崩すことになるのだと思った。
――どうして、迫丸の夢なんか見たんだろう?
冷静に考えれば、美由紀の中で、迫丸への感情は、自分を狭い感覚に押し込めているということが分かりそうなものだった。分かっていても、どうにもならないものが感情の中にあるのだとすれば、美由紀にとっての迫丸との虚空の関係になるのかも知れない。
まるで、精神の拠り所のように感じる。自分に対しての言い訳として、表に出さないようにしていた感情が、迫丸の夢を見ることによって、噴出したのだ。
だが、夢の最後では、美由紀は迫丸を「許して」いる。何を許しているというのだろう? 今さら、子供の頃の悪戯に対して、美由紀が意識することもない。ただ、トラウマとして残ってしまったであろう悪戯は、美由紀にとって、本当に嫌なことではなかったのだ。
許す許さないという感覚は、迫丸には関係なく、すべてが、美由紀の中だけの問題になるのだった。
美由紀は、自分の中で抑えきれないものが、吹き出し始めていることを感じた。それが何なのか分からない。もうすでに兆候が出ているのか、それともこれから沸き起こってくるものなのかは分からないが、迫丸、晴子、鈴音、洋三、さらには、元旦那のことを考えるうちに、近づいていることは容易に察しがついた。
その中で、それぞれに皆微妙に結びついていることは分かっているが、決して同じ夢に登場することはない。個性が強く、惹き合うものがありながら、同じくらいに拒絶し合っているものがあるからなのかも知れない。もっとも、すべてが美由紀の中での妄想、いくらでも考え一つで、変わっていって当然なのである。
美由紀にとって、誰と一番近しい関係にあるかを考えるのは不可能だった。皆単独で夢に出てくるからである。元々、夢というのはそういうものなのかも知れない。ただ、そこにも意味があるはずだ。考えられることとして、誰が一番近しいという気持ちを抱かせないようにしているからだと思うのだった。
――ひょっとして、この人たちと、夢を共有しているのかも知れない――
突飛な発想だが、そう思えないふしもない。だが、そう思ってしまうと、急に羞恥で顔が赤くなるのを感じた。今までは自分の夢の中だけの世界で、他の誰も知らないことだと思っていた。勘の鋭い人がいて、美由紀を淫乱だと思ったとしても、その証拠はどこにもない。