生まれ変わりの真実
変わったことばかりが起こるから、余計なことを考えないようにしていたのかも知れない。余計なことを考えるから、さらに自分の中の真実を見失うのだろう。
迫丸という男も、どこまで美由紀に対して影響があったのか、今から思い出すと曖昧だ。
悪戯されたという記憶だけはあった。
「好きな女の子に対して、男の子は悪戯したくなる」
というのを聞いたことがあるが、悪戯されたことよりも、この話を聞いた時の方が、美由紀にはショックだったように思えてならなかった。
「好きな女の子」
この言葉に反応したのである。
「男性から好かれて、嫌なことなんてないわ」
と、言っていたおませな友達がいたが、彼女に対して、そうとばかりは言えないと、言い返せるだろうか?
言い返すということは、自分の中に迫丸に対して、嫌いだという意識を明確にしなければいけないと思うからだった。美由紀には、迫丸を明確に嫌いだと言えるほどの根拠がない。人を好きになるにも、嫌いになるにも、根拠などいらないはずなのに、どうしてそう思ってしまうのか、美由紀には不思議に思えてならなかった。
男性から好かれるにしても、どこを好きになられるかということも重要である。
「ただ、漠然と好きなだけ」
と、言われて誰が嬉しいだろうか。明確に好きなところを指摘されて、初めて嬉しいと思うのではないだろうか。
ただ、中には、
「口に出すのは恥かしい」
と、言う男性もいる。
「とにかくお前が俺は好きなんだ」
と、言われてしまうと、それ以上追及することはできなくなるだろう。しつこすぎて、嫌われるのを避けたい気持ちは誰もが持っているだろうし、しつこい女を嫌いな男は、たくさんいることも分かっている。
また、それを男らしいと思う女性もいる。感じ方は人それぞれで、美由紀も、きっと追求することはしないだろう。
美由紀は、自分がレズビアンではないかと思い始めて、男性を好きになるのを躊躇っていた。元々好かれてから好きになる方なので、レズビアンの自分を好きになる男性なんていないだろうと思っていたのだ。
実際、暗かったのは自分でも分かっていたし、
「こんな女の子を誰が好きになるもんか」
とまで思っていた。
実際に、好きになられたから、好きになるタイプの美由紀を、誰も変には思わなかっただろう。暗かったように見えても、本人は、レズビアンであることを知られたくないという思いも強かったことから、余計に、男性を惹きつけないと思っていた。
ただ、好きになられたから、相手を好きになるという感覚も、
「レズビアンだから」
という思いが強いのかも知れない。
「私には、男性を好きになる資格はないんだ」
という思いもあった。
美由紀は、時々無性に自分を卑下したくなる時がある。自己嫌悪なのかと思ったが、そうでもないようだ。謙遜でもなく、その中間に位置する、中途半端な考えではないだろうか。
迫丸に悪戯された時も、
「私が悪いんだ」
と、思ったものだ。
それには、理由があった。
「誰にも知られたくない」
という思いがあり、特に親には知られたくなかった。知られてしまったら、きっと、
「お前はなんて、ふしだらな女なんだ」
と言われかねない。
父親は、娘のことなんかより、自分の立場のことしか考えていない。もし、母親がことを公にでもしようものなら、
「大げさなことをするんじゃない。お前は俺の立場を分かって言ってるのか」
と、罵倒することだろう。娘のことなど眼中にない。自分可愛さから、自分の立場しか見えないのだ。
母親も、そんな父親には逆らえない。逆らってみたところで、どうにもなるものでもない。特に母親は性格的に、人に逆らうことのできないタイプで、普段から大人しかった。父親に逆らうなど、ありえないことである。
「お父さんは、まさか、そんな性格だから、お母さんを妻にしたのかしら?」
と、考えたりした。
逆らうことを知らない人間を自分のまわりに置く。それが最初の自分の野望だったら、その野望の落ち着く先はどこなのだろう? そんな家庭環境に育った美由紀が、
「正常な精神状態でいられるわけはない」
と思うのも無理はない。
いや、そう思うことが、一番自分を正当化するのに一番であった。
「言い訳が自分の正当化なんだ」
と、美由紀は、心のどこかで自覚している。そんな自分が嫌で、時々、自分を卑下したくなるのかも知れない。
卑下してしまったら、立ち直れなくなるのではないかと、思っていた時期があった。それは小学生の頃で、そんな時に、迫丸から悪戯されたのだった。
悪戯されても、誰にも言えない。自分を卑下すれば、少しは気が楽になったかも知れないが、立ち直れなくなることを恐れて、卑下することもできない。そのせいで、やり場を無くしてしまった美由紀は、自分で引きこもるだけしかできなくなってしまった。
悪戯されたことを、ハッキリとした記憶で残っていないのは、そのせいであろう。
普通であれば、ショッキングな出来事を忘れることはない。もし忘れてしまっているのであれば、その前後の記憶も一緒に忘れているだろう。それなのに、美由紀の記憶は、すべてが曖昧に残っているのだ。
すべてを忘れてしまうことを、自分の中で許せない気持ちが働いているのかも知れないが、その理由として思いつくことは、
「正当化できない」
ということに尽きるだろう。
言い訳したくないのは、父親への反発心もある。言い訳を、一番の極悪のように話している父親に準ずる気持ちになることは、美由紀の中で許されることではなかった。
美由紀がレズビアンに抵抗がないのは、父親への反発心も影響しているのかも知れない。
――父親が一番嫌がること――
それを自分がすれば、さぞや痛快であろう。ただ、それも自分で納得できなければいけない。レズビアンを納得できるわけではないが、自分の中で、嫌がっている感覚ではない。もし、自分にその気があるとするならば、甘んじて受け入れてもいいだろう。父親の頑固で潔癖症な性格だけが、何も正義ではない。美由紀の中にある性格を、誰が咎めることなどできるであろう。それはいくら父親でも同じこと、美由紀は、断固父親のタガからから外れ、自分の納得できる性格に行きつかねばならないと思うようになっていたのだ。
比較になるはずなどないが、父親と、迫丸を比べてみると、二人が、美由紀の底辺で、蠢いているのを感じる。まるで井戸の底から這い上がろうとしても、できるはずもない。その時、父親は、どのような態度を取るだろう。
迫丸を犠牲にしてでも、自分だけ助かろうとするかも知れない。
「お前のような下司な男が生きていても、世の中の役に立つわけではない。私が生き残る方が、世の中のためになるんだ」
と、自分が生き残るための言い訳を口走って、それを口実として、自分を正当化しようとする。
――結局皆、自分を正当化しようとするのは、自分が可愛いからなんだ――