生まれ変わりの真実
美由紀が、晴子を巡って、洋三と鈴音の関係を知ったのは、本当に偶然だった。
美由紀の会社に、鈴音が中途入社で入ってきたからである。鈴音と美由紀は性格的には違っていたが、なぜか気が合った。仕事が終わってから、一緒に食事をすることもあった。それまで、まったく何もなかった美由紀には、信じられないことだった。
美由紀から、晴子に近づくまでに、少し時間がかかった。馴染みのスナックにいる時に、晴子のことを思い出し、その日のうちに夢を見てしまうほど、晴子の存在を感じたのだが、まさかその晴子の存在を、鈴音を通して知ることになるなど、想像もしていなかった。
鈴音の話から、洋三のことを聞いたのだが、鈴音の話を聞いていると、どこまで信じていいのか分からなかった。鈴音がウソをついているというわけではない。どうしても、悲劇のヒロインは自分なのだと思っている相手なので、思い入れが激しいのは仕方がないことだ。仕方がないということは、それだけ、一方の話だけを聞くわけにはいかないので、なるべく、洋三というまだ見ぬ男性のイメージを抱かないようにしていた。
ただ、それでも感じたこととしては、熱しやすく冷めやすいタイプで、猪突猛進型、そして、あまり深く考えない人で、さらに気が弱そうな人ではないかということだった。そこまでは、一気に頭の中を駆け抜けるように想像できたのだが、そこからは、まったくできなかった。
――ひょっとして二重人格な人なのかも知れない――
二段階の性格があるという意味での二重人格で、一般的に言われる二重人格とは、少し違っているかのように思えたのだ。
一方が出ている時は、鳴りを潜め、相反する正反対の性格を持っている「ジキル博士とハイド氏」的な二重人格、洋三のように、分かりやすい性格が表を飾っていて、一見分かりやすい性格に見えるが、実際にはその奥に、なかなか見ることができず、表に決して現れることのない二段階式の性格と、二つあるのだろう。
洋三という男性の話を聞いてみると、なぜか別れた旦那を思い出していた。勝手なイメージを抱かないようにするために、鈴音からの話を聞いて判断しないようにしていたはずなのに、どうしたことだろう?
別れた夫のことを今さら思い出すこともない。
元々、どうして結婚する気になったのかと言われても、今となってはその時の心境を思い出すのも難しい。
離婚してから、いろいろな心境の変化があったことで、記憶の上に、新しい記憶が覆いかぶさって、掘り起こすことが不可能になったからなのかも知れないが、それも意識しているからこそ、感じることであった。
考えすぎてしまうことが、余計な意識を呼び起こし、必要以上に、記憶が積み重なってしまったと思い込んでいまっているようだ。
忘れてしまったわけではないことで、他の男性を意識してしまうと、心の底に沈んでいた思いが浮かんできたとしても、それは不思議のないことだ。ただ、どうして洋三を意識してしまうと、旦那を思い出すのかが、すぐには分からなかった。
確かに、元旦那も、変な性格ではあった。離婚も、まるで恋愛中の自然消滅のように、お互いに、
「離婚までしなくてもいいが」
と、思っていたにも関わらず、軽い気持ちで、美由紀の方から、
「離婚、する?」
と聞いたところで、旦那の方も、
「それもいいか」
と、まさかの答えが返ってきたことで、美由紀も引き下がれなくなってしまった。引き下がれないという気持ちの中に、旦那が否定してくれなかったことへの怒りも重なり、離婚への気持ちは急降下爆弾のように一気に炸裂してしまった。
旦那が否定してくれなかったのは、
「お前のことなんか、愛してはいないんだ」
と、宣告されたという事実と、こちらの気持ちを最初から分かっていて、言いにくいことを、美由紀に言わせたのではないかという疑念が、頭から離れなかったからだ。
「それもいいか」
と言った時の旦那の表情は、明らかに冷静だった。冷静な表情の裏には、厭らしい笑みが浮かんでいたようで、その時の表情こそ、頭の中にありながら、決して思い出してはいけないものだとして、封印したものだった。
元旦那の顔を思い出そうとしない。離婚の原因についても考えようとはしない。そして、どうして結婚しようと思ったかということ、これも思い出してはいけないことだとして封印していた。きっと、どうして結婚しようと思ったかということは、一番大きな心の中に空いた穴だったように思うのだ。
洋三のことを勝手に想像してはいけないと思ったのは、旦那をイメージしたからだというのも、その一つであろう。
――私って、本当に主婦をしていた時期があったのかしら?
と思う。
そして、夢に今さらながらに出てきた迫丸と、晴子。この二人が自分にどのような影響を与えているかを考えると、美由紀は自分の運命が、本来進んでいた道と違う方向に進んでいるような気がして仕方がなかった。
結婚経験があり、離婚した女性を何人も知っているが、
「私とは違う」
と、どこが違うのかは分からないが、明らかに違う。それは、他の人と比べるからで、自分の中では違いが分かったとしても、その違いに何が影響してくるかまでは分からなかった。
本当なら恐怖を感じるべきなのだろうが、恐怖は感じない。その代わり、これから出会う男性に対して、本当に愛情を抱くことができるかの方が、よほど気になっていた。
「すでに私は、男性に対しては冷めた目しか持つことができないんだわ」
と思ったからである。
そんな中で見た迫丸に犯され、快感を味わうという、羞恥に満ちた夢。夢は、これからの美由紀を、どこに導こうというのだろう。
――熱しやすく冷めやすいタイプで、猪突猛進型、そして、あまり深く考えない人で、さらに気が弱そうな人ではないか――
このイメージを抱き、旦那を想像してしまったということは、抱いた思いというのは、洋三や、旦那という人間に対してではなく、
「今、自分が一番嫌な男性のタイプを思い描くとしたら、どんな人になる?」
というイメージで想像した相手だということになるだろう。
鈴音と仲良くなったのも偶然だった。家が近いというのも、大きな理由だった。当然帰り道も一緒になり、偶然、コンビニで買い物をしている時にバッタリ出会って、
「お近くにお住まいなのに、今までお会いしなかったのが、不思議なくらいですよね」
という鈴音の言葉がきっかけだった。
鈴音は本当に人当たりがいい。会社で一緒に仕事をしている時は、それだけではダメなので、本当の鈴音を見失っていたのかも知れないと、美由紀は感じた。鈴音のプライベートを覗けたことは、美由紀にとっても嬉しいことで、自分のプライベートを思い起してみると、本当に一人寂しい人生を歩んでいたことを、今さらながらに思い知らされたのだった。
最初の頃は鈴音の部屋に何度か行ったが、そのうちに、美由紀もさすがに、人の部屋ばかりに行くわけには行かないということで、自分の部屋に招き入れた。
それは美由紀にとって、覚悟のいることだった。誰に対して持っていたわけではないが、自分の中に持っている戒律に、
「人を自分の部屋に入れない」
というのがあった。