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短編集30(過去作品)

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 しかし悩みがハッキリとしているわけではないので、時々自分がどこにいるのか分からないような不思議な状況に陥ることもあるのは、急に我に返る時があるからだろう。普段から夢の中と変わらないような心境になっていることもあり、不安の中にいる時の方が、視界がクッキリとしていることもある。
 夜、信号機の色を見る時、昼間とは見える色が違う。青のシグナルも昼間緑色に見えているのが、夜になると真っ青である。赤にしても鮮やかな色であり、まわりが暗いとえてして見ている色が鮮やかに見えるものだ。

 オレンジ色のトンネルを抜けると、目の前に飛び込んできた光景。それはトンネルに入る前に比べて明らかに明るいものだった。
――明るいというよりも、白いのだ――
 漆黒の闇に真っ白いものが広範囲に浮かび上がっている。それが雪であることはすぐに分かったが、状況を理解するまでには少し時間が掛かった。確かにトンネルを挟んで天気が違うということは今までにもあった。しかし、今目の前に見えている雪景色は明らかにあたり一面を白が覆い隠しているのだ。
 空にしても漆黒の闇というより、グレーに近く、薄らと向こうに太陽が見えているような錯覚すら覚えている。
 トンネルの中と違い、アクセルが軽くなり、下っているのは間違いない。蛇行している道を走っていると、雪が降っている様子はない。まるですべてが凍り付いたように不気味な雰囲気を感じながら、車が走っている。エンジン音も激しさは感じない。むしろ、どこからか忍び込んでくる風の音が、耳鳴りのように響いているだけだった。
 ゆっくりと走っていた。急ぎたいのは山々だったが、山道が凍結しているように感じていたからである。チェーンが必要ではないかと思えるほどだが、そこまではなさそうだ。風がないのが、幸いしているに違いない。
 走っているうちに鼓膜が張ってくるのが分かった。気圧の変化が著しく、かなりの下り坂なのだろう。蛇行が激しくなり、次第に暗さが増してきていた。
「雪もこのあたりまで来ればかなりなくなっているんだな」
 エンジンの轟音が響いてくる。耳鳴りだけが真空状態の鼓膜を刺激していたが、今は平地と変わらないほどの音が聞こえてくる。すきま風すら聞こえていて、麓に近づいてきたのは明らかだ。
 明かりがところどころに見えてきた。麓には街が広がっているのだろう。私の知っている昼間の光景が頭に浮かんでくる。道の両端には森が広がっていて、右側は山がそびえている、左側は谷になっていて、その奥には川が流れているのだ。
 実際に川に下りたことはないが、道すがら車を走らせていて、横目に見たことはある。清流のような流れで、夏などは子供たちが川遊びを楽しんでいそうだ。川の向こう側には小さな村が広がっていて、川と村がちょうど谷底の様相を呈していた。
 車を走らせながら昼間の様子を思い浮かべていると、エンジンがおかしな音を立て始めているのに気付いた。
――おかしい、普段とは違う音だ――
 しかもよく見ると、ガソリンがほとんど「E」に近く、なくなりかけていた。私の記憶では近くにガソリンスタンドはなかったはずである。このまま走っているとそのうちに止まってしまいそうだった。出掛ける時にガソリンは満タンだったはずである。それが長距離とはいえ、ここまで走っただけで、ここまで消耗するのは考えられない。きっとエンジンに支障をきたして、必要以上にガソリンを食ってしまったのかも知れない。
――このまま帰るのは、自殺行為だ――
 それにしても走った距離もあいまいである。結構走ったのではないかといわれればそんな気もするし、あくまで漠然とした感覚でしかない。とりあえず、麓の街にでもいかなければどうしようもない。最悪泊めてもらえるように交渉するしかないとも考えていた。
 そういえばお腹も減ってきた。この状況で空腹になれるのも、楽天的な性格が影響しているに違いない。
 走っていると、目の前を街の方へ入っていく道を見つけた。かなり狭い道なので、意識していないと気が付かないような道である。狭いがそれほど道は悪くない。走っていて振動を感じないからだ。
 しばらく走っていくと、谷底へ下りてきたのが分かった。目の前に赤い橋が見えたからだ。
 そこが川であることが分かると。目の前に街が近づいているのは間違いない。それほど大きな橋ではなく、やはり川自体が小さなものであることが分かったからだ。
 橋を渡ると、申し訳程度の街灯がついている。街灯を見ているとさっきのトンネルで見たオレンジ色が思い出される。しかしそれほど鮮やかに感じないのは、降り続いている雪が銀色に光るシールドを映し出しているからだろう。
 街というより村に近い感じである。山奥の外れにある人里は慣れた村、そんなイメージである。昼間の穏やかな気候の時に来てみたいと思ったが背に腹は変えられない。急いで今日の宿を見つけなければならなかった。
 橋を渡るとアーケードのようなものが見え、そこが街の商店街であることが分かった。しかしすべてのシャッターは閉まっていて、ゴーストタウンの様相を呈している。商店街の中央で車を止めた私は、一旦表に出てまわりを見てみた。思ったより強い風が吹いているようで、顔に刺さるような寒気に痛さを感じた。
「ガシャガシャ」
 風に煽られ、シャッターが音を立てている。それぞれ時間差を保つように聞こえてくることから、まるでいたずら小僧が手で鳴らしているような錯覚を覚えた。風の強弱がゆっくりと移動しているのだろうか。
 道の真ん中が薄っすらと白くなっている。まるでケーキの上に振り巻いたシュガーパウダーのような雪が風に舞っていた。
 道の上にタイヤの跡はない。ほとんど車が通らないのは歴然で、いくら走った上を降り続く雪が覆い隠そうとも、まったく走った跡が感じられないのは、本当に走った車がいない証拠である。夜がこんな状態なら昼もきっと寂しいところなのだろう。とにかく急いで民家を探すことにした。
「積もりそうな雪には見えないな」
 風が強く、冷たい風を感じる時こそ、あまり積雪がないように思うのは気のせいだろうか。意外と粉雪がしんしんと降っている時こそ、積もる雪だという認識でいたからである。
 後ろに山がそびえているはずなのだが、今は見ることができない。だが、山から吹き降ろす風が吹いていることも確かで、山の上はきっと雪が降り積もっていることだろう。
 少し走ると、大きな家が見えてきた。まわりは真っ暗で見えないが、途中にはまばらに家があるだけで、その途中には田んぼが広がっていることだろう。ところどころに白いものが見えている。雪が残っているのだろうが、遠くにいくほど黒さを帯びてくるのは、それだけ闇が漆黒に覆われているからだろう。
 その向こうに大きな家が見えると感じたのは、二つの大きな明かりが揺れているからだった。しかし実際に近づいてみるとそれほど大きな家ではなかった。あんまり大きな家では泊めてもらうのは難しい。必要以上に恐縮してしまうからだ。
作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次