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短編集30(過去作品)

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 夢の中で彼女は妖艶だった。誘うような眼差し、いつもの彼女からは信じられないような露な姿。想像しているだけで、まるで自分が違う人間になったかのように感じる。
 手招きをする彼女に擦り寄っていく。スルリと手の平から滑り落ちるように、巧みなかわし方をする彼女はヘビのようだった。
 全身がヌルヌルとしていて捉えにくい状態。女性に対してのコンプレックスを感じる瞬間でもある。しかし夢の中だからといって何でもありというわけではない。潜在意識の外にあることは、夢であっても通用しないのだ。
 抱いている夢を思い出すことができないのは、きっと夢を見ていないからだろう。手が届かない相手という意識がある以上、私には彼女を抱くことができない。
 それでも夢が欲望を映し出しているのは間違いないようで、思い出そうとしても、思い出せないのは、その時に欲望がむき出しになっていたからかも知れない。そう考えると、夢もまんざら現実とかけ離れているものではないだろう。
 夢が覚める瞬間が分かる時がある。
――ああ、これからいいところなのに――
 楽しい夢から覚める時に必ず思う。それは夢から覚める瞬間が分かったいるからだ。誰かに呼ばれて目が覚めるという思いをしたことが何度あったことだろう。まるで自分の夢に合せて呼ばれているようで、声の主を何度怨んだことか。
 夢の外にも自分がいるのではないかと感じたのは、今日が初めてだった。表から見ている自分を感じることはできないが、意外と近くから見られているように感じる。
――なぜだろう――
 よくよく考えてみると、空の遠さを感じないことが最大の理由のように思えてならなかった。
 夢から覚める前に聞こえてきた声、空を見上げながら探していると、眩しさで目を閉じてしまう。瞼の裏に残った光の残像。目を開けると、真っ赤に染まっていた。
 しかし再度目を閉じて、また目を開けると、今度は最初の蛍光色に戻っている。最初の眩しさがよみがえったのだ。
 次の瞬間、空が割れるのを感じた。
「あっ」
 叫んだのが早かったか、目を閉じていた。閉じた目を開けると一瞬そこにはまた空が見えていた。今度は蛍光色などではない。本当の空の明るさである。身体に熱さを感じてくる。今までの暖かさではなく、焼けるような熱さである。さっきまで感じなかった汗が身体の奥からしみ出してきて、気が付けば、布団の中にいた。
 覚めてほしくない夢も、思い出してみると覚めてホッとする瞬間があるのだろう。きっともう一人の自分に呼び戻されたのだ。
 それが女性の声だと思うのはなぜだろう。女性に呼び戻されるのを願っているから? いや、きっともう一人の自分を認めたくない自分がいるからに違いない。それは夢を見ている自分であって、夢から覚めた瞬間、夢の中の自分が、もう一人の自分へと変わってしまう。
――空が割れる夢――
 今までにも見たことがあるように思う。それも一度や二度ではない。頻繁に見ていたように思うのは気のせいだろうか。空を見上げて、
――あの空の向こうにもう一つの空が広がっているのでは――
 と思うことがある。その時々で夢に見たということを意識するのだった。
 今日のように起きてから見たテレビ。偶然とはいえ、目の前に現れた女性キャスターの声に聞き覚えがあるのは、後から呼び戻してきた声が、女性だったと感じたからだろう。いつもなら漠然と見ているだけなので気付かないだけ。気付いたということは、それだけ意識が夢から抜けていないからなのだ。
 とにかく今日の夢は普段とは違う夢だった。楽しいはずの夢から覚めた時、名残惜しさを感じていたはずの自分が、空の割れたことを見たことで、必然的な目覚めを覚えていたなんてことは今までにはなかった。何となくあったもやもやした感覚が朝からあったとすれば、それは夢の続きを見ている感覚だったからなのかも知れない。
 元々、私は楽天的な性格だと思っていた。
――なるようになるさ――
 と思い続け、実際にそれほど困ったこともなく、なるように生きてきたのだ。当然それなりの努力を惜しまなかったからかも知れないが、努力で補えない運命というものの存在を否定できない。
 しかし、そんな中で
――目に見えない力――
 というものが存在しているように思う。予感があって、その通りに行動してうまくいくことがあった時など感じるのだ。運命というほど大袈裟なものではないだろうが、もし自分が楽天的な性格でなかったらと思うと恐ろしくなる。なぜなら時々、急に神経質になる時があるからだ。
 そんな性格が、夢を見る時、幸いしているのかも知れない。楽しい夢を見ている時、楽しいままで終われ、恐い夢を見ている時は目覚めで助けられたという記憶だけが残っている。今日のことを思い出すと、目覚めの瞬間の時ほど、目が覚めてしまうとまったく記憶にないことを思い知らされるのだ。
 楽天的だと人から言われて初めて自分で気が付いた。それまではどんなにいいことが続いていても。
「好事魔多し」
 ということわざのごとく、絶えず不安が付きまとっていたのだが、不思議なもので、人から、
「君は楽天的な性格だね」
 と言われただけで、その気になってしまっていた。だからこそ楽天的な性格といえるのだろう。
 得なことが多かったかも知れない。楽天的に考えても神経質に考えても、結果は同じ、むしろ神経質に考えた方が、悪い結果を及ぼすということが往々にしてあったことだろう。
 それに気付いたのも、時々姿をあらわす神経質な自分を見た時である。いつも神経質にいろいろなことを考えているのだが、実際には客観的に表から見ているような気分になることがある。後から思い出そうとしても、神経質な時の自分の心境だけは、どうしても思い出すことができないのは、それだけ客観的に見ていたからに違いない。
 しかし、だからといってそれが得だったと言えるだろうか?
 苦しまずにすんだことはよかったのだろうが、教訓としてあまり残っていないのも問題だと感じる。神経質な自分と正面から向き合ったという記憶がない以上、再度陥った時の対処法が自分で分かっていない。
――私だけではないだろう――
 と思うほどに、覚えていないことが一抹の不安を残す。
 神経質な人間に楽天家はどう写るのだろう?
 何も考えていないような、いわゆる脳天気に見えるに違いない。
「やつはいいよな、悩みなんてないんだろうな」
 皮肉とも取れる声が聞こえてくる。しかし、実際は私のように本当に脳天気な人間もいるだろうが、苦労を乗り越えて今の自分を確立した人も多いはずだ。悟りの境地に入ったような気持ちなのだろう。
 そんな人は本当にいろいろ分かっているのだろうが、私のようにそこまで至らないと、時々どうしようもなく不安になる時がある。普段が脳天気なだけに一旦不安になるとあとはアリ地獄状態、抜け出すのに時間と体力をかなり消費してしまう。
作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次