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完全なる破壊

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 学校までは自転車通学をしていた。徒歩に電車でもよかったのだが、満員電車に乗ることを嫌ったマミは、自転車での通学にどれほど体力が消耗されるか分かっていなかった。かなりの時間と体力を要するのは覚悟していたことだったが、やってみると相当な疲れに後悔させられた。
 しかし、いまさら電車通学に切り替える気にもならなかった。通勤電車で痴漢に遭ったという話も時々聞いていたので、痴漢に遭うよりはまだ体力の消耗の方がマシだと思っていた。
 何がつらいと言って、梅雨から夏にかけての蒸し暑さが襲ってくる時期のことだった。身体に纏わり付く汗の気持ち悪さは半端ではなかった。途中で止まってでも水分補給を行わないと、体力がもたないのは当たり前のことだが、水分を摂ることで汗が滲み出ることへのジレンマは、どうしようもないと思いながらも、
――どうにかしなければいけない――
 と考えながらも、どうしようもないことに気づかされるだけのもどかしさに、考えたことすら無駄だったとむなしさすら感じていた。
 自転車に乗って通っていた時、最初はロングヘアーの髪の毛を、そのまま風に靡かせるようにして自転車をこいでいた。しかし、風にそよいでいる間はいいのだが、途中で止まったり、目的地に到着してからの呼吸を整えている間に、汗が髪の毛に纏わり付いて、べとべとになってしまっていた。
 しかも、少しくせ毛なところがあるマミは、髪の毛がよれよれになってしまっていた。まるで水を頭から浴びたような乱れ方は、身体から発散される汗を完全に吸い込んでしまったかのように気持ち悪さしか残っていなかった。
――こんなに気持ち悪いなんて――
 と感じていたが、最初の頃は髪の毛に悪臭を感じることはなかった。
 だが、実際にはまわりの人にとって、大きな迷惑であった。
 本人は気づいていないし、まわりの誰もそのことを指摘する人はいなかったので分からなかったが、どうやらマミの髪の毛の匂いは、他の人よりもきついようで、体質的に分泌液の匂いが、他人より濃いものであるようだった。
 にんにくを食べた時でもそうなのだが、まわりには大きな迷惑でも、食べた本人はその匂いに気づいていない。口臭や体臭も同じであり、マミの髪の毛の匂いにしても、同じであった。
 だが、あれはいつのことだったか、短大の頃だったように記憶しているが、
「あなたの髪の毛、相当匂い」
 と、誰かに指摘されたことがあった。
 いつ、誰からだったのか、ハッキリとは覚えていない。かなりの呼吸困難に陥った時で、あとから聞けば、自分が何かに怯えて、怯えた相手から追いかけられたことで必死に逃げ出した時に、誰かに助けられたことがあったのだが、その時のことのようだ。
 そんな無責任な言葉を口にしたのは男性だったように思う。それが助けてくれた人からだったのか、それとも他の人だったのか覚えていないが、その言葉がマミの気持ちの中で大きく燻っていたのは間違いのないことだった。
 その時の言葉がマミの中でトラウマになってしまっていたのだが、そのトラウマを思い出すことはほとんどなかった。
――自分が発する匂いに関しては、自分では気づかなくてもまわりには気づかれてしまうんだ――
 ということへのリアルな意識だけはあったが、実際にそのことを意識させられることがなかったからだ。やはり自分で感じることでなければ、実感として沸いてこないことのようだった。
 マミは、あまり化粧が濃いわけではなかった。人並みの身だしなみ程度はするが、必要以上の化粧を施すことはなかった。自分の顔のことは自分でよく分かっているつもりであり、自分が化粧の似合う顔でないということを自覚していたからであった。
 それは一概に間違いではなかった。マミの顔は真面目な雰囲気と清楚な雰囲気が漂っているように男性から見れば感じるようで、入社早々の上司から見られていた雰囲気としては、
「川村くんは、真面目な雰囲気が好感が持てるし、上司の指示にも的確に従えるところから、仕事を任せられる人として信任も厚いと思うよ」
 と、直属の課長からは言われていた。
 マミもまんざらでもなく、
「そうですか? ありがとうございます」
 本当は、手を叩いて喜びを表現したい気分なのだが、まわりが澄ました雰囲気の清楚さを求めていると感じたマミは、なるべく自分の感情を表に出さないように心掛けようと思うようになっていた。
 そんなマミの態度とは裏腹に、彼女の本心は目立ちたがり屋なところにあった。中学高校時代と暗かった自分だったが、短大に入って、高校時代の先生と付き合うようになるまでは、目立ちたいと思っていたのだ。だが、短大に入ってしばらくしてから高校時代の担任の先生と付き合うようになってから、禁断の恋をひそかに育むしかなかったマミにとって、
――私が目立ちたいなんて考えること自体、おかしいのかしら?
 と思うようになっていた。
 しかも、社会人になってからの上司の目からは、目立ちたがり屋などという雰囲気とは正反対のイメージの烙印を押されてしまったことで、自分の本心はどこかに置いてきてしまわなければいけないと思うようになっていた。
 化粧を施して、
――ケバい――
 という印象をまわりに与えることはタブーだった。
 もちろん、そんなことをする必要性がないわけで、マミも厚化粧は似合わないと自覚していることで、厚化粧のマミなど、ありえなかった。
 香水もほとんど使っていなかったが、社会人になってから、少し使うようになった。
「香水くらいはしておいた方がいいですよ。自分では気づかない体臭というものがありますからね」
 と、短大時代に、就職課の先生からアドバイスされたことがあった。
 なるほど、確かにその通りであるが、短大時代に男性から、
「あなたの髪の毛、相当に臭い」
 といわれた時の記憶がよみがえり、香水をすることで、少々汗を掻いたりした時でも、こんな失礼な言われ方をすることはないだろうと思った。
 そして、同じ匂いが人の鼻を突いたとしても、香水が混じった匂いを相手に嗅がせることで、
――この人は、一応エチケットとして、香水を身体に振り掛けるくらいのことはしているんだ――
 と、マナー面から相手に失礼な思いをさせたとしても、言い訳ができるのではないかと思うようになっていた。
 その時のことを、なぜか会社の帰りに思い出していた。普段通らない道を通り、まわりの塀が迫ってくるような狭いエリアを抜けようとしている自分を感じたからなのかも知れない。
――髪の毛の匂いって、こんな匂いなのかしら?
 何となく石と埃が混じったような匂いを感じた。
 それは塀が湿気を帯びているように感じたからだったのか、湿気がなければこの匂いは成立しないと思っていたことを思い出したからなのか、マミは匂いを感じている自分が、先日自分に纏わりつくように絡み合ったレナの身体を思い出していた。
――レナにはどんな匂いを感じたんだっけ?
 確かに匂いを感じたはずだった。
作品名:完全なる破壊 作家名:森本晃次