完全なる破壊
最初は任せるだけだったが、次第に波に乗れるようになると、主導権を握りに行く。
――負けてはいられない――
相手が男性であれば、身を任せるだけしか考えないに違いないが、相手が自分と同じ女性であり、しかも年下の後輩だと思うと、その優劣はまるで男女の差くらいに感じられた。そう思うと自分が男性役で、相手は女性という構図ができあがっていることに気付かされた。
しかし、主導権を自分が握ることを相手は許さない。敏感な指が微妙に肌に触るか触らないかのラインをくすぐっていると、身体から力のすべてが抜けていくようだった。
そんな時、
「あなたにとって私はどんな存在なの?」
という質問が浴びせられた。
その答えを見つけようと考えた時、答えをこれから探そうと思ったはずの自分の口から思わず、
「あなたは、私自身なのかも知れないわ」
ともらしてしまったのだ。
自分の気持ちが夢心地だったというのは言い訳に過ぎないかも知れないが、この答えがえてして的を得ていないとも思えない。その証拠に相手のレナもその言葉を聞いて、かすかに微笑んだ。そして攻撃はさらに続いたのだ。その手法は誰よりも自分が一番知っていたことで、次にはどのような攻撃があるのか身構えることができた……はずだった。
しかし、自分の予想をはるかに超える快感が襲ってきた。
――どうしてなの? 同じ指の動き、同じタイミングで私の想像していた通りだったはずなのに――
と感じ、それが戸惑いに変わっていた。
考えてみれば当たり前である。攻撃に使われた指に違いがある。
かたや自分の指であり、かたや相手の指である。同じ強弱でも、自分の意思が入っているかいないかで微妙に違うのは当たり前だ。しかも、その微妙さというのが、本人にしか分からないもので、その証拠に最初は分からなかった。それが戸惑いとなり、余計に快感を増幅するのだった。
また、指自体が違っている。一口に指といっても、自分の指であれば、自分の脳と直結していることで、指にも快感が移っている。指と敏感な部分の両方で快感を得ていることになり、下手をすると、快感が分散されているということにもなる。
たとえば、両方の手のひらで、片方が熱く、片方が平温だった場合。その両方を握り合わせた時には、そちらの感覚を余計に感じるかということを考えたことってあるだろうか?
暖かい方を感じると、そのまま暖かさだけが頭に残ってしまう。冷たい感覚を味わおうと思うと、今度は感覚をもう一方の手のひらに集中させなければならないだろう。意識をすると、どうしても両方の感覚が均衡してしまい、どちらにも集中できなくなってしまうだろう。それが快感であれば、分散させられても無理もないことではないだろうか。
実際には、触っている指に神経を集中させることはない。あくまでも快感を得るために使っているという指なのだ。しかし、その指も快感を得ている方からすれば、
「もっと」
と思うことで、その思いが脳に指令され、指をさらに貪らせるようになる。
いく寸前になると、その思いは無意識になり、本能のおもむくままに貪ることになるのだろう。
相手がいる場合は、そんな余計な感覚を持つ必要は無い。責められている時は、素直にその思いにふければいいのであって、こちらが責めている時は、自分が感じる部分を思い出しながら相手を責めていると、相手が感情をあらわにしてくれる。
相手が悦んでくれることが満足感に繋がり、
――私は満足感を得るために責めている――
感じることで、普段感じることのできない快感を得ることができるのだ。
マミは果たしてどちらの快感を普段は求めているのだろうか?
だが、やはりマミも女である。自分が責めるよりも相手に責められる方に快感を覚えた。最初こそ、マミの方から責めることもあったが、一度責められる快感を覚えてしまうと抜けられなくなった。しかも、相手を責める方がレナも好きなようで、普段の立場と逆なところがレナには快感だったようだ。
それは、マミにもいえることで、普段とのギャップを楽しんでいる自分を感じていた。
その日は酔いに任せての行為だったので、マミはレナが誘ってくることはもうないだろうと思っていた。それならそれでもいいのだが、少し寂しい気がした。もしレナに誘われなければまた一人で慰める日々が続くことが分かっていたからだ。
翌日の会社では、二人とも何ごともなかったかのように自分の仕事に従事していた。
「川村先輩、これでよろしいでしょうか?」
自分が任せた仕事をこなして自分の元に持ってくるレナの姿は、実に凛々しいものだった。普段からレナの毅然とした態度は仕事をしていてすがすがしく見えていた。その姿に頼もしさを感じるのはマミだけではないだろう。
レナの声はハスキーで、女性っぽさのないところから、あまり男性には人気がなかった。どちらかというと、マミの方が男性に人気があり、ひそかにマミのことを気にしている先輩社員もいたりした。
マミはそんな男性の視線には鈍感だった。だが、対照的にレナの場合は、男性の視線には敏感で、マミを狙っている先輩社員が誰なのか、大体把握しているつもりだった。
ただ、それは他人に対しての視線だけで、自分に対しての視線には鈍感だった。それに、自分が男勝りだという自覚を持っていることで、
――私なんかに興味を持ってくれる男性などいないに決まっている――
と思っていたので、余計に盲目になっていたのだろう。
その時点で誰がレナに対して意識していたのかは誰にも分からなかったが、実際に存在していたのは事実だったのだ。
「ええ、上出来だわ。さすが中村さん」
と言って、ニッコリと笑って答えたが、その表情に含み笑いが隠れていることをレナは分かっていただろうか。
意識することもなく踵を返したレナは、そそくさと自分の席に戻って仕事の続きをこなしていた。マミはそんなレナを見ながら、
――無視されたわけではなく、仕事場での彼女のケジメなんだわ――
と感じると、ますます頼もしく感じるのだった。
仕事を無難にこなしながら、時間が定時に近づいてくると、マミは自分がそわそわしてくるのを感じた。今までなら何も考えることなく、いつものようにどこかで食材を買って帰るだけで、しいて言えば、
――今夜は何を食べよう――
と感じるだけの毎日で、別に感動も何もない毎日が繰り返されるだけだった。
しかし、その日は違った。
前の日のレナとの濃密な一夜を思い出して顔を赤らめる自分を感じていた。さすがに仕事中は集中しているつもりだったが、気が付けば思い出していて、仕事も上の空の時間帯があった。
そのせいもあってか、今日一日は結構時間が長く感じられた。終わってみればあっという間だったような気がするが、一日仕事をしていて、実際のリアルな時間経過と、終わってから感じるその日の時間にこれほど開きがあったことはなかったと思う。それだけ今までの毎日がいかに平凡だったのかということを示していて、リアルな毎日を感じるよりも後から思い返して感じる時間の方が、本当の時間ではなかったかということを感じるようになっていた。