完全なる破壊
――自分なんだから、自分が一番感じるところを知っていて当たり前だ――
という思いが原点にあった。
だが、冷静に考えてみると、
――自分のことを知っているようで一番知らないのは、意外と自分なのかも知れないわ――
と感じることもあった。
だが、自分で自分を慰めるようになってから、その思いは性欲とは関係のないことのように思えて仕方がなかった。つまり、慰めているのが自分だと思うから恥ずかしいのであって、自分も含めた女性全般だと思うと、そこまで恥ずかしさを感じなくなったのだ。
それが学生時代のいつ頃だったのか分からない。ただ、処女を捧げた先生と初めて身体を重ねた時よりも前だったような気がした。最初は先生であっても、一緒にホテルに入ることには抵抗があったはずなのに、誘われてしまうと、抵抗ができなくなっていた自分を懐疑的に見ていた自分を覚えているからだ。
先生とは少しの間付き合ったが、すぐにぎこちなくなった。
別に先生が浮気をしたとか、他に好きな女性ができたというようなことではなかった。むしろ先生は、真剣に結婚も考えてくれていたようだ。もっとも、マミも、
――結婚してもいい――
と感じてはいたが、途中から急に覚めてしまった。
先生の心の中に、
――結婚してもいい――
という自分と同じ気持ちが見えたことで、なぜか急に覚めてしまったのだ。
本当なら、
――先生も同じことを考えてくれているんだわ――
と二人の気持ちの一致を喜ぶべきところなのだろうが、なぜかそうはならなかった。
「ねえ、先生。別れましょうか?」
というと、
「何言ってるんだ。せっかくこれからだと思っているのに」
と言ってくれるかと思っていたのに、しばし黙り込んで考えていたが、
「そうだな。それがいいのかも知れないな」
と二つ返事ではなかったが、彼も抗うことはなかった。
どうして間があったのかを考えてみたが、きっとその間に、二人が過ごした時間を思い出そうとしていたのだろう。
もし、思い出せたのだとすれば、もっと長くその時間に浸っていたのかも知れないと思ったが、想像以上に短い時間だったということは、その間、彼は思い出すことができなかったに違いないとしか思えなかったのだ。
二人の別れは、突然訪れた。自分から切り出したくせに、
――突然訪れた――
とは、何とも他人事のようだが、実際にそうとしかいえなかった。
そんな気持ちをお互いに共有していることを考えると、
――今なら、淡い思いで別れることができる――
という気持ちを持ったまま別れることができるのだろう。
あれから先生とは会っていない。もし目の前に現れると、きっと他人事のように振る舞うだろう。しかし、その視線はお互いにアイコンタクトが成立していて、
――あなたのことはお見通し――
とお互いに考えていることを分かレナがら、微笑むに違いない。
その微笑みは愛想笑いなどではなく、
――二人にしか通じ合うことのできない秘密の感情――
だといえるのではないだろうか。
それから、マミはさらに自分で自分を慰める毎日を過ごしていた。それを悪いことだとは思わない。
――たまったストレスを発散させる――
という思いがあることからか、最後、いってしまった後に残る脱力感には、必ず睡魔が付きまとう。
「睡魔に関しては、誰だって付きまとうわよ」
と言われると思っていたが、マミは自分にしか味わうことのできない快感を知っているから睡魔を心地よく迎えることができると思っている。
それは人それぞれに違う感覚なので、人と共有できるものではない。そういう意味で、人に話をすることがタブーであり、秘密の快楽としてその人それぞれの快感を持てるのだと思っていた。
いつまで経っても、快楽を貪っている時に想像する相手は自分だった。
しかし、実際にいく時に想像する相手は、途中から自分ではないのではないかと思うようになっていた。まだ見ぬその相手は、顔が逆光になっているせいか、シルエットになっていて、どんな顔をしているのか分からない。ただ、
「はぁはぁ」
という吐息だけが漏れてきて、それが湿気を含んだ甘酸っぱい匂いを運んでくるのを感じていた。
「あなたは誰なの?」
と、声にならない声を発しているマミだったが、相変わらず吐息しか聞こえない。
「がまんできないわ」
と、切ない顔をしている自分を想像すると、その瞬間から我慢が始まる。いわゆる、
「じらし」
であった。
「我慢しなくていいのよ」
と、相手は初めて口を開いた。
その声はハスキーな大人の女性の声だった。その声に刺激されたマミは、
「あああ……」
と言って、まるで後ろから迫ってくるブラックホールにでも吸い込まれるかのような錯覚に陥り、ジェットコースターのような快感に身を奪われるのだった。
そのまま気がつけば目が覚めていた。
――夢だったのかしら?
と一瞬思ったが、
――いや、快感を貪るようにいってしまった瞬間、夢の世界へ委ねられたに違いない――
と感じた。
つまりはいく瞬間というのは、決して夢であるわけはない。絶頂を迎えたことで、身体は完全に宙に浮いてしまい、その状態でしか夢の世界には突入できないのではないかと思うのだった。
ということは、
――夢を見る時というのは、眠りに就くとき、完全に身体が宙に浮いたような状態の時しかありえないのではないか?
と考えるようになった。
「マミ、あなたは、ここから夢の世界に入るのよ」
という声が聞こえてきたような気がするが、その声はハスキーな声ではなく、あどけなさの残る舌足らずな声で、まるでいたいけな少女を思わせる。
――子供の頃の私?
マミは、自分が少女の頃、舌足らずだったという意識はない。
もちろん、思春期前であれば、声代わりをする前なので、これくらいあどけなさの残る声だったのかも知れないが、この声には、癒しが含まれている。そうでなければ睡魔に襲われたり、夢に入るために完全に宙に浮くという感覚になることはないように思えたのだった。
――レナと一緒にホテルの部屋で抱き合っている時の彼女の声、あどけなさの残る舌足らずな声だと感じたわ――
かなり前に感じた声だったのに、この時に聞いたレナの声が結びついているというのを感じたのは、奇跡のように思えたくらいだった。
――あれは本当にいつ頃のことだったんだろう?
先生と付き合っている頃を基準に考えると、さらに昔にも思えたが、そう思うと余計なことを考えてしまうようで、
――まるで昨日のことのようだ――
と、ありえない発想を抱いてしまうのだった。
「あなたにとって私はどんな存在なの?」
と、レナは耳元で囁いた。
「あなたは、私自身なのかも知れないわ」
と、夢心地で答えていた。
彼女の指はマミの敏感な部分を怪しくくすぐる。
「あぁ」
身悶えしながら、マミも攻撃の手を緩めない。
お互いにお互いの急所を知っているかのように貪る様子は、初めて感じるものではないようだった。
――この感覚――
マミは自分の身体に襲い来る波の強弱を感じながら、寄せては返す波に自分の身を任せていた。