完全なる破壊
したがって、場所はホテルでもなければ、彼の部屋でもない。病室で深夜、他の患者に気付かれないように静かにことを運んでいる様子だった。
彼は、まったく抗おうとはしない。表情をまったく変えることもしない。当然恥ずかしいなどという感情は表に出てくるはずもなく、相手のなすがままにされているのだ。
マミは自分で想像しながら、恥ずかしがっていた。そしてそのうちに妖艶に歪むナースの表情を見ながら、苛立っていく自分を感じていた。
――これって嫉妬なのかしら?
相手にされるがままの彼を想像しながら、
――これしかないんだわ――
と感じたのは、彼が初めての時を想像するシチュエーションのパターンが他に思い浮かばなかったことで感じた彼のリアクションだった。
だが、マミをその腕に抱いている彼の余裕のある表情を見ていると、彼が初めての時、どのような表情をするのか、まったく想像がつかないのだ。
そうなると、考えられるのは、
――無表情な彼――
だったのだ。
そこから彼への発想のすべてが始まった。いわゆる逆算の形でいろいろ思い浮かべていると、相手が学生ではなく、ナースであること、ナースであれば、人に気付かれないように病室でのアバンチュールであること、しかもそのアバンチュールの主役はナースであることから、彼が無表情なのも納得できるという逆説が成り立つこと。そこまで考えると、マミは自分がそれ以上、彼の初めてを想像することが、その時の二人の穏やかな感情を崩しかねないと思い、断念することにしたのだった。
すると、そこで急に覚めた気持ちになった。
――何かしら? この感覚は――
何か、急に冷静になっている自分を感じた。
覚めてきたという表現は適切ではないかも知れない。むしろ、別の夢が出現し、そちらに自分が移行してしまったかのような感覚だった。
「夢から覚める夢を見た」
という話を聞いたことがあるが、それは、自分が見ている夢の中に夢が入り込んでいるという意味であり、実際に別の夢であっても一向に構わない気がする。そう思うと、夢が別にもう一つ存在したとしても不思議ではない。その夢が発展系であるかも知れないと思うのは、
――夢にも時系列が存在するのかも知れない――
と思ったからだ。
覚えている夢を?ぎ合わせると、時系列に並んでいるわけではない。断片的にしか覚えていないのは、
――夢を忘れようとする意識があるからだ――
と感じたが、夢が一つの世界ではないと考えると、時系列に並んでいないという考えもまんざら無理なことでもない。そう思うと、夢の時系列が本当に存在しないのか、考えてみるのも悪くないと考えたマミだった。
そんな思いを、かなり昔のことだと思っていたはずなのに、思い出してみると、ついこの間のことのように思える。
今回、後輩の女の子の思いもよらぬ告白に戸惑いながらも受け入れてしまった自分を、いじらしくさえ思えるマミだった。
最初は自分が彼女に誘われるように、まだ見ぬ禁断の世界を覗いてしまったことで、主導権は彼女にあると思っていたが、そのうちに彼女の慕ってくる態度に、主導権を握るのは自分のように思えてきた。
女同士の関係は、もちろん初めてのことなのに、過去にも経験があって、それを自分の方から誘っているかのような、
――いけないお姉さん――
を演じているように思えた。
ただ、それも演じているだけであり、これが本当の自分だとは思えない。
「レナちゃん」
後輩の名前は、中村レナと言った。
「お互いに、下の名前がカタカナというのは、親近感があるわね」
と言っていたのは、マミの方だった。
仕事の時に、下の名前で呼び合うようなことはしたことがなかったが、時々仕事が終わって呑みに行く時などは、下の名前で呼び合うことにしていたので、ホテルの中で名前で呼ぶことには抵抗はなかったが、恥ずかしさは余計に倍増していた。
実はホテルに一緒に入るのは、これが初めてではなかった。
以前にも、会社の飲み会の帰りに、終電がなくなってしまったことで、
「ここ、入りましょう」
と、半ば強引にレナに連れてきてもらったのが最初だった。
初めて入ったホテルではなかったのに、思ったよりも広く感じられた。
初めてでなければ、小さく感じられるのが普通ではないかと思ったのに、大きく感じたということは、同じホテルという場所でも、相手が違うと感じ方も変わってくるということを思い知った気がした。
ただ、相手が違うというだけではなく、性別が違うのだ。
最初は男性となので、ある意味ノーマルな関係だが、今回は相手が女性であり、
「禁断の仲」
という甘酸っぱい感覚が、二人を包んでいたのだ。
甘酸っぱい匂いは、相手が男性の時とは明らかに違う。自分とは生理学的に違う相手と身体を重ねることの方が、生理学的に同じ相手と身体を重ねる方がノーマルだというのも、禁断という言葉に拍車をかけたのだ。
今まで想像もしなかった女性との禁断の関係、いや、本当に想像していなかったのだろうか? マミは初めて一緒に入ったはずのレナだったのに、前からその身体を知っているかのように思えたのが不思議だった。
その答えはすぐに見つかった。
――学生の頃に感じた自分の身体が、今のレナとソックレナんだわ――
という思いを抱いたからだ。
学生の頃のマミ、それはまだ処女だった頃であるが、その頃は、男性とのセックスに思いを馳せる普通の女の子だった。身体はすでに大人の女になっていて、あとは自分にふさわしいと思える男性を受け入れるだけになっていたはずなのに、なかなかそんな男性も現れなかった。思春期の身体は火照りやすく、ちょっとしたことで、身体が反応してしまっていた。
――想像することだけで、身体が火照って、たまらなくなるわ――
そう思い、自分で自分を慰めていたものだ。
――こんなこと、いけないわ――
と思いながらも、欲望に勝てるはずもなく、一人自分を慰めるというシチュエーションに酔っていた。
――ああ、たまらない――
絶頂はすぐにやってくる。
しかし、すぐにいってしまってはもったいないという思いがあったのも事実で、自分をじらすことを覚えると、その感覚が自分を大人にしていくのだとまで思うようになっていた。
そんな時に想像する相手、最初は男性のごつごつした腕に抱きしめられながら、その反面、顔はあどけなさの残る少年のような男性を想像していた。そんな時、すぐにいってしまう自分がもどかしかったのだが、じらすということを考え始めた時、相手がどんな人なのか、想像できない時期があった。
そんな時は、自分で自分を慰めても、むなしいだけだった。
「むなしいというのは、何もない『無」が、『無しい』ということになるので、何もないことがさらに何もないことを誘発しているようで、本当に辛いものなんだわ』
と独りごちたことがあった。
しかし、そんな時期はあまり長く続かなかった。
――自分を想像すればいいんだ――
と感じたからだ。
一人で自分を慰めている時、想像する相手がもう一人の自分だと思うようになると、興奮は最高潮に達するようになった。