完全なる破壊
後輩の彼女は、ホテルに入ると女性でありがなら、マミをまるで男性のように抱きしめた。マミは相手がまったく知らない男性であれば拒否反応を示すはずなのに、包み込まれることに安心感を抱いている自分を感じると、学生時代に付き合っていた男性を思い出した。
学生時代の彼とは、
――将来結婚してもいいかも?
と思っていた相手だったので、初めての相手はその男性だった。
場所もラブホテルで、シチュエーションは思ったよりも自分の想像通りに進んでいたことで、状況に酔っていたといってもいいくらいだろう。
恥ずかしさから、はしゃいでしまった自分を、いまさらながらに恥ずかしく思う。そんな行動が彼にマミが処女であることを悟らせるには容易だったことに気付きもしなかったのだ。
彼はマミのその顔を見て優しく笑った。あどけなさの残る顔だったので、余計に恥ずかしくなった。自分は初めてで、相手は慣れているはずなのに、本当であれば、余裕のある顔を見せてくれると思っていたのに、そのあどけなさがどこから来るのか分からなかった。だが、考えてみれば、彼の素朴さを好きになったマミだったのだから、あどけなさの残る顔そのものが、自分の見たかった顔であり、一度見てしまうと、ずっと見ていたいと思う表情だった。そう思うと、あどけない顔に対してさらに恥ずかしさを深めたマミは、自分の純情さをさらに感じるのだった。
――純情な私を好きになってくれたんだわ。今はそれだけが嬉しい。こういうのを幸せっていうんだわ――
と思い、彼の腕に抱かれている時間が、このまま終わらないことを祈った。
彼の腕の中にあるものは安心感だった。安心感は暖かさがバロメーターで、さっきまで身体から噴出していた汗も次第に乾いてきて、暖かさを素直に感じることができるようになると、眠気を感じてくるようになった。
――このまま眠っちゃったらもったいない――
という感覚があった。
クーラーをつけると寒く感じる時期だったので、空調だけにしておいたが、暖かさを感じていくうちに暑くなったと思ったのか、彼が、
「暑くない会? クーラーつけようか?」
と言ってくれた。
「ううん、大丈夫」
と答えたが、それは本音だった。
マミは初めてだったが、さほどの痛みを感じることもなく、
――儀式――
を終えたが、脱処女の証である鮮血は、しっかりと残っていた。
あまり痛がる様子がなかったので、鮮血を見た時、彼は少し驚いているようだったが、すぐに嬉しそうな顔になり、マミを抱きしめた。
――余裕のあるこの顔、癪に触るわ――
と感じたが、それは一瞬のことで、暖かさを含んだ包容力にすぐに恥ずかしさを感じると、もう彼の顔をまともに見ることができなくなり、彼の胸に顔をうずめたまま、抱きついてしまった。
彼はさらに強く抱きしめてくれ、チラッと垣間見た彼の顔にあどけなさを感じたことで、さっきの感覚に戻ってきて、彼が自分を好きになってくれたことを感じたのだ。
彼の身体から感じる匂いはなかった。最初は甘酸っぱい香りを感じたが、それが彼の汗によるものだと分かると、
――私の汗の匂いも、彼には分かっているに違いない――
と感じたが、不思議と恥ずかしさはなかった。
――激しく愛し合っているのだから、お互いに汗を掻くのは当たり前のことで、お互いに汗を掻いているのだから、別に恥ずかしがることはない――
と思った。
相手を貪るように愛し合っている間は、お互いに遠慮もなければ、優劣感覚もない。そんな時に恥ずかしさを感じる必要などまったくないのだ。そう思うと、貪りあっている瞬間から、すでにマミは処女ではない感覚に陥っていて、彼に貫かれた瞬間も、さほどの感動もなければ、痛みもなかったのだと感じた。
残りの時間を彼の身体を堪能する時間に使ったことで、自分が処女だったというのが、ずっと昔だったような気がしてきた。
――これで大人になったんだわ――
などという感動はなかった。
処女を失う瞬間というのは、感動があるものだと思っていたマミだったのに、その思いはどこに行ってしまったのだろう?
――もし、相手が彼でなかったら、感動があったのかしら?
と思ったが、感動はあったかも知れないが、それ以上に、彼から与えられた満足感と安心感はなかったに違いない。それはすべて包容力から来ているものだと思った。
本当は、すべてが包容力だというのは信じられないが、包容力に形を変えて、集約された形で彼が与えてくれたものだと考えれば、マミには納得がいくのだった。
その日、シャワーは使ったが、お風呂には入らなかった。お互いにそれぞれ一人でシャワーを浴びて、もう一人はベッドの中で待っていた。
先にシャワーを浴びたのはマミだった。
「浴びておいで」
と、彼から言われて素直に浴びに行ったのだが、その時に初めて鮮血を感じた。
それまで、感じなかった鮮血がシャワーに流されて、排水溝に吸い込まれていくのをゾッとするような感覚で眺めていた。
――よく、気持ち悪くならなかったわ――
と感じるほどであったが、その時は、シャワーが熱湯であるということを忘れているほどであることには違いなかった。
しばらく眺めていたが、すっかりと排水溝に流れ終わると、我に返った自分が、今度はもう一度夢の世界に入り込んでいくような気がした。まるで、
――夢から覚める夢を見ていた――
というような感覚で、どこまで行っても夢が覚めないような気がしていたが、それならそれで、
――別にかまわない――
という思いが頭をよぎっていた。
それは、夢を見ている時に、それが夢だとは感じないからだ。もし、それを夢だと感じると、きっと現実世界の方が夢のように思えてくるからではないかと思っている。だから、夢を見ている時に、夢だという意識を持たせないと感じていた。夢の世界なのか、現実の世界なのか、頭が混乱してしまうと、そのどちらでもない狭間の世界に落ち込んで、抜けられなくなってしまうのではないかという妄想を、いつの頃か抱くようになっていたマミだった。
――彼の方はどうだったんだろう?
彼に抱かれながら、ウトウトとしていると、次第に彼の気持ちになって考えている自分がいることに気づいた。
――この人は、自分が最初の時を思い出しているんじゃないかしら?
マミが初めてだと知ると、相手のことを考えるならば、自分が同じ立場だった時のことを思い出すに違いないとマミは思った。
――彼にも自分が感じるのと同じ思いでいてほしい――
そう思ったマミは、目を瞑って、自分がその時の彼の相手になったような気分になっていた。
もちろん、自分にはそんな気持ちになれるはずはないという思いを持ちながらであるが、彼が考えていることに少しでも近づきたいという思いがあるから、無理を承知で考えてみようと思ったのだ。
彼が高校一年生だという妄想を抱いてみた。設定としては、彼がまだニキビが顔に残っていて、本当なら気持ち悪く感じるであろうその顔を、舐めるように見ている年上の女性が想像された。
彼女は学生ではない。勝手な妄想ではナースだった。盲腸か何かで入院している時、ナースに誘惑されるという設定だ。