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完全なる破壊

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 マスターの話だけで浮かんできた光景は、自分が最初に入ったホテルのイメージだったはずだ、それ以外には想像の余地があるはずもなく、もちろん、想像していた光景に、違和感などなかったはずだ。
 それなのに、今初めて見るはずの光景を、まるでデジャブのように感じるのはなぜなのだろう。最初は違和感を覚えていたはずなのに、次第にデジャブであることに違和感を覚えることはなくなっていた。
 歩いているつもりだったが、気が付けば立ち止まっていた。
――こんなところで立ち止まっていたら、怪しい人間にしか見えないよなー―
 と思ったが、考えてみれば、ここに佇んでいる間、この通りを歩いている人は一人もいないことに気が付いた。
 確かにこんなところで人通りが多ければ、これほど異様な光景はないだろう。ただ、誰ともすれ違わないということを意識した時、
――僕はここにいつからいるんだろう?
 と感じたのだ。
――五分、十分? いや、もっと長かったかも知れないし、短かったと言われてもそうかも知れないと思うだろう――
 要するに、それをとっても違和感がないし、限りなく違和感に近い感覚ではあった。
 一軒のホテルの前でずっと佇んでいる。どこを見ているのかというと、入り口をずっと見ているのは、そこから誰かが出てくるのを待っているかのように感じられる。
――自分のことなのに――
 何を考えているのか分からない、
――誰かが出てくるのを待っているというよりも、誰かが入っていく場面を思い出しているかのようだ――
 と思うと、またしてもマスターの話を思い出した。
――マスターは自分の婚約者が、他の女とホテルに消えていったというではないか?
 ということを考えていると、その話を想像した自分が、勝手な妄想を抱き、入り口に消えていく女同士のカップルをどんな目で追っているのか、今度は自分を見ているもう一人の自分がそこに存在しているのを思い浮かべてしまう。
 ここまでくれば、もはや想像ではなく、妄想でしかないだろう。
――マスターからさっきの話を聞かなければどうだったのだろう?
 と思うと、なぜか小林は、浦島太郎のお話しに出てきた「玉手箱」の話を思い出していた。
「決して開けてはいけませんよ」
 浦島太郎は、夢のような竜宮城から現実に引き戻されて、しかもその場所は、自分の知らない場所だったというものである。
 その時の太郎の気持ちがどんなものだったのか、想像を絶するものなのかも知れないが、自分で受け入れられるものなのかどうか、本人でなければ分かるはずもない。
 そういう意味では、引き戻された現実というのは、そのすべてに、
――本人でしか分からない――
 という思いが存在しているだろう。
 それは、自分が浦島太郎の発想をしたからであって、そんな発想ができるのも、小林自身、学者であることを再認識するものだった。
 学者だからといって、堅物のようなイメージを持つのは、偏見というものである。学者ほど、
――夢多き人種――
 は存在しないのではないかと思っている。
 夢があるからこその探究心であり、その思いが研究熱心さにつながっていく。
「すべてを科学で証明されるものだ」
 と考えるのが学者だと思っている人もいるかも知れないが、それこそ大きな偏見であり、自分の発想に限界を感じさせるに違いない確証だったのだ。
 どれくらいの時間、その場所で佇んでいたというのだろう? 小林が一つの場所に留まって、何かを待っていることなどあまりないことだった。中学生の頃であれば、友達と待ち合わせをした時など、待ち合わせの時間よりも早く着いて、皆を待っていることが多かったので、
――人を待っている――
 という意識はあったが、それはあくまでも相手が間違いなく来るという前提の元であった。どんなに遅れても待っていれば来ると分かっているのであるから、誰かが来るかも知れないという漠然とした感覚で待っているわけではないので、同じ待っているという状態でも、次元の違うものであった。
 五分くらい過ぎてから、少し考えた。やっと自分の行動が漠然としていることに気付いたのだろうか、我に返ったといってもいいかも知れない。しかし、五分待ったことで、
――もう五分待ってみよう――
 という意識に駆られたのも事実だ。
 それはまるでギャンブルの感覚に似ている。
 小林はパチンコを時々していたが、ある程度まで嵌ってしまったからと言って、他の台に移るということはあまりしなかった。
 普通であれば、
「ここまで嵌って当たらないんだから、他の台に移った方がいいかも知れない」
 と考えるのであろうが、彼の場合は、
「ここまで嵌ったのだから、そろそろ来るはずだ」
 と考えるのだ。
 パチンコには大当たり確率がある。嵌ったゲーム数が多ければ多いほど、その確率に近づいているのは間違いない。もし確率を超えているとすれば考えることは二つだった。
「大当たり確率を超えているのだから、ここで当たっても、次の大当たりまで、また同じくらい回さなければいけない」
 と考えるか、
「確率を超えているんだから、いつ当たっても不思議ではない。一度嵌ってしまったら、今度は大連チャンしてもいいだろう」
 と考えるかである。
 前者はネガティブな考えで、後者はポジティブだとも言えるだろうが、前者が深い考えだとすれば、後者は楽天的とも言えなくもない。
 ギャンブルにはどちらの性格がいいのか分からないが、要は気の持ちよう、子供の頃から小林は、後者の方だった。
 ただ、本人は楽天的だとは思っていない。あくまでも、
――どちらを選択すれば、あとで後悔することがないか――
 ということを考えて行動している。
 ホテルの前で漠然と入り口を見ている時もそうだった。誰かが出てくるような予感がしていた。その思いはどんどん深くなっていき、マスターの話が頭の中でシンクロしていたのだ。
――あと五分だけ――
 と思っていれば、その五分は次第に短く感じられるようになってくる。そのうちに、
――あと十五分――
 というように、少しずつ時間の間隔が長くなってくる。それだけ小林はその場から立ち去ることができなくなっていたのだ。
 待っていると、果たして中から出てきたのは、二人組の女性だった。一人が腰砕けになっているようで、一人がそれを支えている。その様子はいかにも異様であったが、マスターの話を思い出していると、なんとなく不思議には思えなくなってきた。
 崩れ落ちる方の女性の雰囲気は、完全にズタズタで、ボロ雑巾のようになっていた。その女性を見ていると、小林は一つの仮説が頭に浮かんできた。
 小林は崩れ落ちる方の女性にしか目線は行っていない。彼女の落ちぶれたとしか表現できないその姿は、まさに破壊され尽くし、立ち直りにはかなりの時間がかかるように思えた。
 ただ、そばにいる女性が崩れ落ちている女性をいかに生かすかは、小林の想像の域を超えていたのだった。
 小林の発想としては、崩れ落ちる女性がつい最近まで幸福の絶頂にいて、精神的にも有頂天であったことは想像できた。
「あ、髪の毛が」
作品名:完全なる破壊 作家名:森本晃次