完全なる破壊
少し離れた小林から見ていても、崩れ落ちている女性の髪の毛が、垂れ流し状態のようにどんどん抜けてきているのを感じた。
――きっと彼女はこの間まで、伸びきるところまで髪を伸ばしていたんだろうな――
と想像できた。
そして、彼女は髪の毛を伸ばせるだけ伸ばしたのは、自分の中のオカルトを信じていたのかも知れない。
――自分が幸運を確実に掴むまで、髪を切ることはしない――
と決意していたのかも知れない。
そして彼女は、幸運を掴んだ。絶頂は有頂天になって、怖いもの知らずだったに違いない。
しかし、元々怖いもの知らずなどではなく、幸運を手に入れると、その代償に何かを失うということを絶えず意識していた人間は、本当の絶頂に達すると、そのことを忘れてしまうのであろう。そうなることが、破滅への第一歩である。
――少しでも、有頂天の状態に精神的な危機感を持つことができていれば、破滅を食い止めることもできたかも知れないのに――
それは、完璧すぎる幸運を手に入れたからではないだろうか。
自分でコントロールできない精神状態を生むことになるなど、想像もしていないに違いない。
――完璧な幸運は、完璧な破滅へのスタートでしかすぎない――
これが、小林の研究の原点だった。
彼女の髪の毛が抜けるのは、その兆候であり、本人に最後の猶予として、気付かせるように身体が反応しているのであろうが、そんなことが完璧な絶頂を手に入れた人間に分かるはずもない。
建築学とは、心理学と表裏一体のものであり、絶頂が破滅の第一歩であるというテーマは、
「すべてを破壊しなければ、新しいものを生み出すことなんかできないんだ」
という理論を小林は抱いていた。
そこに至るまでの究極の破壊は、彼女とマスターを取り囲む人にいつの間にか忍び寄っていた。小林は自分がこれから出会うであろうたくさんの破滅の数だけ、研究が進んでいくことを知っていた。
時間は小林を絶頂から破滅へと導く瞬間に誘っているかのようだ。
――本当の破滅が自分に訪れる前に、研究が成就できればいいのにな――
と、ホテルのネオンサインで顔色が刻々と変わっていく自分を想像していた小林だった……。
( 完 )
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