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完全なる破壊

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 というマスターの言葉を聞いて、小林は少しさみしそうな表情になり、
「それって、少し寂しいですね」
「学者さんからすればそうかも知れませんね。学者さんというのは、誰も知らないことを研究して発見するものですよね。発見したことが必ず役に立つことだとお考えですか?」
 とマスターが聞いてきたので、
「そんなことはありませんよ。むしろ、研究していて虚しいと思うことも少なくはないんですよ。何しろお金がかかっていることなので、個人の意見が通るわけでもないですよね。結局は金銭的な問題も、研究には欠かすことのできない大きな問題なんですよ」
「じゃあ、理不尽なことも多いんでしょうね」
「ええ、むしろ研究対象として大きな興味を持つことに対しては、どうしても生産性に関しては受け入れられないと思われることが多いんです。交差するジレンマは、どこの世界にも存在するものですよね」
 と小林がいうと、
「だから、私もサラリーマンには未練がないんですよ。もちろん、自営業というのも難しいもので、サラリーマンよりも理不尽なことも多いですね」
「僕は、今の研究で、破壊することを前提としている内容の発想が膨らんできています。そこには世の中のものの限界を見つめることから始まる発想があるんですよ。建築に限らず、形のあるものは必ず滅びるというのは、避けては通れない発想であることに違いありませんからね」
 と小林がいうと、
「なるほど、スポンサーからすれば、リスクの大きな発想なのかも知れませんね。いかに経費をかけずに延命を図ろうとするのが一般的な発想のように思えますからね」
 マスターの意見は、小林の発想を確認し、裏付けるような意見であった、
「マスターの話には興味のある意見が満載な気がします。もう少しお話をしていたい気がするんですが、明日、早朝から会議なので、今日はこれくらいにして、また伺うことにしますね」
 と言って小林は会計を済ませ、店を後にした。
――スナック「アルテミス」か――
 入る時、店の名前を意識していなかったような気がした。最初はただ立ち寄っただけで、再度この店に来ていたいと思うことはないだろうと思っていたからだった。
 店を出て看板に目を向けたのだが、看板から目を離して道に目をやると、
――おや?
 と、なんとなくの違和感を覚えた。
――これって歩いてきた道だよな――
 と感じたからだった。
 来た道を帰ろうと思って振り返ってみると、確かに歩いてきた道に似てはいたが、どこかが違っているのを感じた。
――そういえば、こんなに暗かっただろうか?
 歩いてきた時も暗かったという意識はあったが、店を出てから感じた暗さは、最初に感じていたよりもさらに暗いものだった、
 すぐに街灯の存在を確認した。道には適度な距離に街灯が存在していて、ライトはすべてついている。一つ一つの明るさを見ると、暗いという雰囲気はなかった。
――どうしてこんな気持ちになったのだろう?
 と考えたが、その理由はすぐに分かった。
――そうだ、自分が立っている場所が、ちょうど街灯の間に位置するんだ――
 と気が付いた。
 ちょうど今いる位置は、店を出てすぐの場所で、街灯は店のある場所には存在しておらず、当たり前のことだが、店を飛ばして存在している。暗く感じるのは当たり前のことだった。
――なるほど、そういうことか――
 こんな簡単なことに気付かなかったということに、我ながら少し自分でもビックリしたが、少し冷静に考えると分かるのだから、それほど今の自分が冷静さを欠いているとは思えない。
 小林は踵を返して来た道を歩いてみた。来る時とは明らかに精神的に違っていると感じたのは、来る時ほど帰りは、何も考えていないことだった、
 何も考えていないことに気付いたのは、足元ばかり見て歩いていることに気付いたからだ、足元がずっと気になっている理由についてすぐに気付かなかったが、気付いてみるとそこにあったのが足元から伸びる自分の影であったのだ。
 足元の影は街灯に照らされて、当然のごとく、足元から伸びている。そして街灯が複数存在していて、一つから遠ざかっているのであれば、もう一つには近づいていることになる。同じ距離で点在しているのだから当たり前のことなのだが、その影が複数存在していて、まるで放射状に円を描くように映し出されると、そこに芸術的な美しさを感じるのは、小林だけではないだろう。
 ただ、その足元の影を、誰もが感じることができるかということだ。同じ環境であれば、誰もが経験することのできる光景であるが、果たして誰もが同じ感覚を味わうことができるというものだろうか。小林は少し考えてしまった。
 足元から伸びる影は、一つが次第に明るくなり、さっきまで明るかった影は次第に衰退していく。共存しながら、片方は次第に成長していき、片方は衰退していく、つまりは、必ず途中に交わる交差が存在していることになるだろう。そう思うと、ニアミスを無意識に探しているのではないかという思いを、自分の中に感じることができるのだった。
 どれくらいの間歩いたのであろうか、小林は目の前に見覚えがありそうなところに差し掛かった。
――どこかで見たことがあったような――
 と感じたが、自分の確固とした意識の中では、
――初めて来たはずなのに――
 と感じていた、
――いわゆるデジャブというやつか――
 デジャブというのは、一度も見たり来たりしたことがないはずなのに、
――以前にも見たことがあったような気がする――
 という感覚に陥ることであった。
 デジャブという感覚は、ハッキリと科学的に証明されているわけではないが、学説としてはいくつか存在しているようだ。小林にはその中で少し気になっているものもあるようで、
――以前に見たことがあるというのは、どこか本や絵画で見たことがあるものを、自分の記憶との交差の中でなんとなくリアルに覚えていることが曖昧な状況にしておかないようにするために、意識的に「辻褄を合わせよう」とすることなのだ――
 というのを、本で見たことがあったような気がした。
 他にも意見はあるようだったが、小林の中で一番印象に残ったのは、この意見だったのだ。それを思うと、
――なるほど、デジャブというのは、辻褄合わせなんだから、本当の記憶ではない。ひょっとすると夢に見たことだったのかも知れないと思えることではないだろうか?
 と感じていた。
 目の前に広がっている光景は、妖艶なネオンサインに彩られた世界で、ただ光は控えめだった、
――ここって、ラブホテル街ではないか――
 もちろん、小林はそれくらいのことは分かっている。今までにラブホテルに来たことがないわけではないからだ。
 しかし、どうして見たような光景だと思ったのだろう。学生時代に入った時のホテルとは少し違っていた、あの時の光景は、瞼の裏に焼き付いている。ラブホテルに入ったのはその時が最初で最後、それ以降、その女性と別れてしまったので、入ることはなかった。
――ひょっとして、さっきのマスターの話を聞いたことで、勝手な想像が頭の中に浮かんだからなのかも知れないな――
 と感じた。
作品名:完全なる破壊 作家名:森本晃次