完全なる破壊
――そういえば、その間に何度、大学時代に友達と話した官能小説の話を思い出したことか――
その頃から、官能小説のイメージをレナに求めていたのかも知れない。
――男性役の女性――
それがまさにレナだったのだ。
レナが髪の毛を切ってきたあの日、レナの顔が変わったように思えた。目がパッチリとしていて、見方によっては、男性に見えなくもない。
しかし、マミにはどうしてまだ男性には見えなかった。
――どうしてなのかしら?
じっと見つめていると、吸い込まれそうなその目力に、マミは自分の身体がとろけそうに感じていた。
それなのに、どうして男性のイメージを感じないのかと思っていると、その理由としては、
――見る角度によって違うんだ――
と気づいたことだった。
真正面から見ると、彼女の顔は吸い込まれそうな二つの目に視界を奪われてしまい、よく見ていると、
――左右対称――
というイメージが湧いてくるのだった。
左右対称に感じられると、その目力は最高潮に達し、見つめられるとそれこそ石になってしまうという、
――メデューサのイメージ――
を感じさせられる。
しかし、彼女の顔を少し斜めから見て、その彼女が流し目をしながらこちらを見つめると、そこには最高潮の目力を感じることができなくなっていた。
――彼女の唇――
そこにはアヒルのようなおどけた雰囲気を感じさせる唇があり、何とも滑稽さすら感じさせる雰囲気に、マミは女らしさを感じさせられた。
あれだけの目力があるのだから、唇がアヒルであっても、その雰囲気には妖艶さが滲み出てくるのを感じるのではないかと思ったが、そこにはあどけなさしか感じられなかったのだ。
――彼女は、ショートカットがこれだけ似合うんだから、きっとロングにしても似合うに違いない――
と感じた。
彼女がロングヘアーにしてきたことは一度もなかったので、想像でしかなかったが、マミの中でのレナのロングは、想像するにはそれほど困難ではなかった。
――きっと、もっと若く見えてくるのかも知れないわ――
とマミは感じていた。
ただ、レナはずっとショートカットだった。
「私、髪が伸びるよりも、抜ける方が早いみたい」
と彼女が言っていたが、果たしてそれは彼女の本当の悩みだったのか、その時のマミには分からなかった。
「髪が抜けるのが怖くて、髪を伸ばしておくしかないの」
とも言っていた。
しかし、その時のレナを意識していたのはマミだけだった。そのことが、いずれレナがまたショートカットにしてきた時、誰もこの時のレナがショートカットだったことを覚えていないことに繋がっている。そして、レナが付き合っていた彼の存在も、皆の意識からも消えていた。
それが、レナにとっての「破滅」の始まりだったのかも知れない……。
破滅の連鎖
レナが婚約を解消したという話が会社内でウワサになったのは、レナが会社を辞めて半年ほどが経った時であった。会社を辞める時のレナは、今にも結婚したいと言わんばかりに浮かれていたと思っていた人たちにとっては、青天の霹靂だった。だが、そんな中でもマミだけは冷静だった。マミだけがレナとずっと付き合いがあったからである。
レナが婚約を解消した理由はマミにあった。レナはマミを最初誘惑したのだが、本人としては、その日だけのアバンチュールのつもりだった。マミにずっと憧れていて、憧れたままマミと別れ、結婚するなどできないと思ったからだ。レナという女性は見た目はいい加減に見えるが、自分を納得させなければ気がすまないところは、マミよりも強いかも知れない。それだけに自分なりの決着をつけなければ我慢できない性格でもあったのだ。
レナにとってマミは憧れであり、
――自分もマミお姉さまのようになりたい――
という思いがあった。
その思いがいつしか淫らな気持ちになったのは、
――私には、到底マミお姉さまのようにはなれないんだわ――
という思いがあったからだ。
どんなに努力しても適わない相手というのは、誰にでも一人はいるもので、その人の存在を意識しているかどうかで、その人の目標も違ってくる。
「適わない相手だと思うから目標とするのに、相手にとって不足はないという思いにいたるんじゃないかしら?」
と言ったのは、他ならぬマミである。
そのマミのセリフをレナは日頃から忘れないようにしていた。そして適わない相手に対して一目置きながら、あわやくば適うことがどこかにないかを探っていたのだった。
レナはマミが考えているほど淫らな女性というわけではない。真面目さという意味ではマミと同等か、それ以上かも知れない。マミとすれば、自分よりも真面目な女性の存在を許せないところがあった。だからレナに対しては上から目線のところがあった。
――レナちゃんが後輩でよかったわ――
後輩であることで、上から目線が正当化され、相手に憧れを持たせることに成功した。憧れを持つことで、自分が相手よりも優位に立てることに安心感を持つことができるのだった。
レナの方とすれば、最初はマミのことを、
――普通の先輩――
としてしか見ていなかった。
元々、競争心の強いレナは、自分の中で「仮想敵」を作っておかなければ仕事に対してもやりがいがなく、まったくウやる気のない社員に成り下がってしまっていたことだろう。ただ、それもレナにとって無意識のことで、意識があれば「仮想敵」と言ってもいいのだろうが、無意識のために、ライバルとしてしか見えていなかった。
それでも、マミが自分よりも年上であることで、普段ならライバルとして見るのはおこがましいと思うはずなのに、敢えてライバルとまで感じたのは、マミの中に自分に似た何かを見たからなのかも知れない。
普通の先輩だったはずのマミをライバルとして見るようになると、
――自分が相手のマネをしているのか、相手が自分のマネをしているのか分からないわ――
と、自分と同じ行動パタンが気になってしまう。
――まるで自分の前を歩いているかのようだわ――
と考える時は、必ず自分が後ろでマミが前であった。
とにかく自分と同じところを一度見つけてしまうと、どうしても頭から離れなくなる。その思いを打ち消そうとしていた気持ちの表れが、マミへの誘惑だったのだ。
その感情は、誰にも知られるはずもないことだったはずだ。
しかし、その感情に気が付いた人がいた。その人は実はマミのことを知らない。レナのことだけを見ていて、
――何かおかしい――
と感じたのだ。
その人というのは、レナの婚約者で、名前を小林良治と言った。
彼は国立のK大学で研究員をしている学者のタマゴで、分野としては建設関係の研究だった。
「鉄筋コンクリートに代わる次世代の建築法についての研究をしているんだよ」
と彼はレナに説明したが、本当はもっといろいろ研究をしていて、それを一言で説明するのは無理なことだし、説明してもほとんど分かるはずもなかった。
彼の研究チームの研究の根幹が、鉄筋コンクリートに代わる次世代建築だということだったのだ。
彼の研究チームの教授は、元々心理学の研究にも長けていて、