完全なる破壊
彼女はすでに、彼への気持ちは冷めていたのかも知れない。しかし、自分から一方的に好きになって付き合い始めたのであれば、簡単に冷めてしまった自分の気持ちを彼に押し付けるのは酷である。
――私って、熱しやすく冷めやすいのかしら?
と、相手の女性は感じたことだろう。
その思いを自分で受け入れられる人はいいが、女性としては、あまりいい性格だとは思えない。本当にそうなのかも知れないが、それを受け入れるには、少し時間が掛かるだろう。
だが、恋愛なのだから相手があることだ。彼の性格を一緒に考えればいいのだろうが、きっと彼の付き合う女性というのは、彼の性格は二の次で、自分中心に考える人が多いのではないだろうか。それを思うと、自分の性格を簡単には受け入れられない彼女は、付き合っている間も、絶えず彼との関係を考えていたことだろう。
だが、熱がある間はそんな発想は出てくるはずもない。冷め始めてから分かるものだ。
――とりあえず、彼をもっと好きになれば、気持ちも盛り返すかも知れない――
と思うことで自分を納得させようとしていた。
しかし、そう感じた時点ですでに終わっているということを彼女には分かっていなかっただろう。最初に好きになった気持ちは、単純だろうけど無垢であったことも否定できない。
要するに、
――無垢になった自分に対して私自身が好きになってしまったんだわ――
やはり、相手は二の次である。
彼は相手から別れを告げられたことで、ビックリはしたが、それを表に出すことはなかった。彼女と一緒にいても、本当に好きになることのなかった彼としては、彼女が自分中心の人間だということは、ある程度一緒にいれば分かっていたことだった。
「ビックリはしたけど、君がそう決めたのなら、僕も異存はないよ」
と言って、彼女と別れた。
――結局、そういうことなんだ――
彼は自分なりに納得した。
彼女は、単純で無垢な自分を想像することが自分を納得させることができる唯一の考えだったに違いない。大学を卒業するタイミングで別れを告げられたのも、彼女の優しさというわけでなく、あくまでも自分を納得させるタイミングだったというだけである。
彼にとっても、そのタイミングはベストであり、簡単に受け入れられた。
――俺と彼女の違いは、自分を納得させられるかどうかなのかも知れないな――
と感じた。
彼は、いつもまわりから起こったアクションで自分の運命が決まってきた。自分を納得させるというよりも、まわりから納得させられるというイメージが彼にはあった。あくまでも彼の運命は、
――他力本願――
で、成立していたのであろう。
二年目に突入した時、その年の新入社員が入ってくる前、
「俺、課長から新人の教育係に任命されたんだけど、うまく行くかな?」
と言われたことがあった。
別に相談されたわけではなかった。彼とは一年目の時に何度か一緒に呑みに行ったことがあったが、その時に何かを相談されたわけでもなかったからだ。まわりからは相談しているように見えても、実際にはそうでもない。
人に何かを相談する人には種類があって、本当に答えを求めていない人は、大雑把に言えば、
――最初から答えが決まっていて、背中を押してもらいたいと思っている人と、ただ話を聞いてもらうことで安心する――
という二つに分けられるのではないかと思っている。
彼の場合は、後者なのだろう。だから、彼は相談しているわけではなく、ただ聞いてほしいだけなのだ。
「いいんじゃない? あなたならきっといい教育係になれると思うわ」
とマミは言ったが、その言葉にウソはなく、
――下手に感情移入してしまう人と違って、冷静に相手を見ることができるだろう。そういう人に限って、人の悩みの奥を垣間見ることができるような気がするわ――
さらに感じたのは、
――彼のような人の方がいいと思うのは、悩みを感じている人と同じ目線で見ることがないことじゃないかしら?
相手の身になって話を聞いていると、人によっては感情移入してしまって、相手と同じ目線で見てしまう。それは自分の経験を相手に当て嵌めてしまうからであって、なかなか悩みを打ち明けられて的確なアドバイスをするには、同じ目線では無理があるということに気付かないとできないだろう。得てして自分の経験から相手の悩みを考える人には気付かないことである。
「最近、髪の毛が結構抜けるんだけど、何か悩みがあるのかな?」
と、彼が急に言い出した。
その時は、髪の毛が抜けるというと、
――何か悩みがあったり、鬱状態に陥ったりしているんじゃないかしら?
と思っていたが、
「髪は抜けるんだけど、その分、生えるのも早いので、気にしない方がいいのかなって思うんだ」
と彼に言われると、
「何言ってるの、別に悩んでいるわけじゃないってこと?」
と笑ってみたが、後から考えると、
――すぐに否定したということは、それだけこの話題を引っ張りたくないという意識が彼にはあるのかも知れないわ――
と感じた。
人に余計なことを感じさせないのは別に彼の優しさではないと思っていたが、無意識であったとしても、彼の優しさに違いないと思うようになったのは、こんなさりげない態度を自分が感じ取ることができたからだとマミは思った。
普段から意識していないつもりでお意識してしまうのは、その人を真正面から見ようという証拠なのかも知れない。
髪の毛の話を聞いたのはその時が最初だったが、それがいずれレナとの間で感じるようになるとは、この時は思ってもみなかった……。
レナはその時、彼のことをいとおしいと思った。
――こんな男の子なら、私も安心だわ――
何が安心なのかというと、レナは会社に入って社内恋愛をしてみようと思っていた。
本当であれば、社内恋愛というのはリスクが大きいということも分かっているつもりだったが、大学時代までの自分を変えたいという思いと、なかなか社会人になると出会いも少ないという思いから、社内恋愛もいいのではないかと思うようになっていた。
彼は自分の教育係りではあるが、話をしていると、結構かわいらしいところがあった。彼の話も自分の経験だったり、まわりから聞いた話などを基本に話してくれるので、話も聞いていて、安心できた。
何よりもそれが彼の優しさであり、不器用に見えるところも愛嬌だった。
彼には女性的なところが随所にあった。レナの気持ちが分かるのもそのあたりにあるのかも知れない。次第に二人は仲を深めていき、愛を育むようになっていった。
「レナさんは、デートはどんなところが好きなんですか?」
と聞かれて、思わず
「遊園地」
と答えた。
本当は冗談のつもりだったが、
「遊園地いいですね。実は僕も好きなんですよ」
と彼は言うではないか、冗談で言ったつもりだったが、
――彼が喜んでくれるなら――
と、レナもまんざらでもない気持ちになっていた。
お互いに気持ちを合わせることには長けていた。
――痒いところに手が届く相手――
という思いをレナは彼に感じていたが、彼の方こそ、レナに同じことを感じていた。