完全なる破壊
きっとレナが虚しいと感じてしまったのは、寂しいという感情を感じたくないという無意識の思いから来ていたのかも知れない。
そのことを知っているのはレナだけであったが、そんな思いも、
――虚しさをなるべく感じないようにしよう――
と思うことから、感情が否定するようになった。
ただ、
――虚しさは一人で感じるもので、寂しさはまわりから感じさせるものだ――
と思うようにはなっていたのだ。
レナは、そんな暗かった学生時代をリセットしようという気持ちから、誰も知らないところで就職しようと考えた。そのため、学校から離れたところを就職地に選んで、大学の就職課から、
「そんなに離れたところでもいいの?」
と言われたが、
「いいんです、自分を変えるには誰も私を知らないところで一人になるのが一番いいと思ったんです」
と言った。
その言葉は半分正しく、半分は違っていた。確かに誰もいないところに行くのは自分を変えたいという決意の表れであるが、レナの中では、
――それだけで本当に自分を変えられるのだろうか?
という一抹の不安があったのも事実であるが、何事もやってみなければ分からないという気持ちもあり、就職地を大学から離れたところにした。
元々大学を選ぶ時も、地元から少し離れたところにした。実家から通っても通えない距離ではなかったが、一人暮らしをレナが強く望んだので、親も折れた感じだった。
いや、親としても、レナが一人暮らしをしてくれることを願っていたのかも知れない。なかなか行けないところではさすがに不安だが、通おうと思えば通えないほどの距離のところにいるのであれば、一人暮らしといっても、何かあればすぐに駆けつけられる距離だということを分かyているだけで安心だった。
レナは、マミの会社に入社してから、それまでの性格を自分で否定するつもりだった。完全に自分を装っているという感覚は自分の中にも会ったのだが、元々がお嬢様だっただけに、それまでの性格を否定して新たな性格を形成することなど難しかった。
つまりは、子供時代に戻ったような感じである。
ただ、元々自分中心に世界が回っているという感覚はずっと燻っていた。会社に入ってから新入社員の女の子ということで、先輩男性社員からちやほやされる時期があったことで、少し図に乗っていた時期があった。
マミにもそれは分かっていたが、それをいきなり指摘するようなことはできなかった。自分中心に世界は回っているなどという感覚を持っている人は、図に乗りやすいが、一度落ち込んでしまうとなかなか打ち解けられなくなってしまう。自分で殻を作って、そこに閉じ籠ってしまうからだ。
それが思春期のレナだったのだが、マミはレナを見ていて、彼女が今の自分を変えようとしていることを分かっていたのだ。
――このまま彼女を殻に閉じ込めてしまうと、せっかく自分を変えようとしている彼女の気持ちを摘み取ることになる――
と感じたのだ。
じゃあ、どうすればいいのかということになると、具体的には何も思いつかなかった。ただ、このまま図に乗らせて増長させるわけにはいかないということだけはハッキリとしている。
レナの教育係は別にいた。その人は男性で、彼はあまり怒ったりイライラしたりはしない人だったので、レナにはちょうどいいとマミは思っていた。だが、彼は喜怒哀楽を表に出さない分、見た目、クールで何を考えているのか分からないところがある。その人はマミとは同期入社なので、彼がどんな人なのかは分かっているつもりだが、自分が感じている彼へのイメージを同じように感じている人はきっといないに違いない。
とはいえ、マミの目が間違っていないとは言いきれない。しかし、マミは新入社員の時、彼から悩みを打ち明けられたこともあった。
「僕は、大学時代にいつも女性から裏切られてばかりだったので、女性が何を考えているのか分からないんですよ」
と言っていた。
彼は、仕事が終わってからは仕事の悩みを話すことはなく、自分の性格に対しての話をすることが多かった。それも学生時代の自分の嫌だった部分を打ち明けてくれたのだが、マミはそんな彼に対して、自分の感じていることを少しでも話をして、相手が何を必要以上に悩んでいるのかを詮索しようと思ったのだ。
「女性から裏切られたって、どんな感じなんですか?」
とマミが聞くと、
「僕は、自分から好きになって付き合うということはあまりなくて、いつも相手から告白されて付き合うことになったんです。相手は、積極的な女性ばかりで、デートの時でもほとんど主導権は相手に握られていたんですね」
マミの中で最初は、
――まるで自慢しているみたい――
と思ったが、話を聞いているうちに、好かれる人は好かれる人で、それなりに悩みがあるものだと感じた。
他人が羨ましく思うだけに、本人が感じている思いとは、かなりの隔たりがあるように思えた。
――本人にしか分からない悩みというのは存在するものなので、悩みってなくなるはずはないというものだわ――
と感じた。
特にまわりから羨ましがられるということは、そこに妬みがあるのは当然のことで、本人が悩みを表に出したとすれば、その悩みは妬みを増幅してしまうという効果しか生まないだろう。そう思うと、
――彼の悩みを癒してあげられるのは自分ではない――
と、早々感じていたが、それでも人に話すことで安心するのであれば、いくらでも聞いてあげようと感じたのだ。
「人から好かれるというのは、最初は嬉しいですよね。私などは有頂天になったりしますけど、よく考えてみると、まわりに対して自分がモテているという意識を与えることで、まわりに感じる優越感が一番の快感だったりするんですよ」
とマミがいうと、
「ということは、自分云々よりも、自分を見ているまわりを意識してしまうわけですね?」
「ええ、私ならそうですね。その感覚はありますか?」
「言われてみれば、それはあったかも知れません。ただ、それも最初に打ち明けられた時の驚きに打ち消されてしまったのか、気持ちが冷静になってくると、その思いも落ち着いてきているのかも知れませんね」
という彼は、思い出し笑いを浮かべていた。
きっと、彼も理解していたことなのかも知れない。マミはそう思うと、彼が自分とは随分違っている性格に見えていたが、次第にそんなに違っていないのではないかと思うようになっていた。
「今は、どなたかとお付き合いされているんですか?」
とマミが聞くと、
「いえ、今は誰ともお付き合いしていません。大学を卒業した時、別れました」
「それは、あなたから別れを告げたんですか?」
普通ならそうだと思ったマミは疑いなく聞いたのだが、
「いいえ、彼女の方からでした」
という意外な返事が返ってきた。
しかし、すぐに、
――それも無理のないことなのかな?
相手の女性が彼に対して、最初から本当に好きだったのかどうかを考えると、逆に遡る形で考えていけば、頭の中で整理できるような気がした。