完全なる破壊
「最初は会社の先輩という意識があったんですよ。会社とプライベートは別ですからね。特に自分の気にしていることを聞くのに、会社の人から言われる社交辞令のような言葉は聞きたくないと思ったんですよ」
「なるほど、レナちゃんらしいわね。でも、私に後になってからでも聞いてくれたということは、今では私のことをプライベートでも感じてくれているということよね?」
「ええ、だからマミ先輩とは、会社でのマミ先輩と会社を出てのマミ先輩とで違う人のように思えているんです」
「でも、私の呼び方は、先輩という言葉を付けるよね?」
「ええ、最初は確かにそうだったんですけど、途中から少し見方が変わってきたんですよ」
「どういうこと?」
「マミ先輩が会社とプライベートで別人なんじゃなくって、この私が別々の人間なんじゃないかって思うようになったんです」
「そうなの? 私にはそんな風には見えないけど」
確かにレナの様子を見ていると、会社とプライベートでは違っている。
しかし、それも相手がどこか違っていないと、ここまで違った自分を演出できないと思った。きっと二人ともが、会社の自分と、プライベートの自分を意識して分けているから、ここまで仲良くなれたのではないかと思っている。
「見えないのは無理もないでしょうね。マミ先輩も、会社とプライベートでは違っていますからね。お互いに違う相手であっても、元は一人の同じ人間。だから私は敢えてマミさんと呼ばずに、マミ先輩と呼んでいるんです」
「それは、それでいいわ」
もし、マミ先輩でなければ、何と呼ばれることになるだろうと想像すると、背中がゾクゾクしてくるのを感じた。
――まさか、マミお姉さま、なんて呼ばれたら、ゾクゾクだけではすまないかも知れないわね――
と感じた。
「私は、髪型にこだわっているわけではないんですよ。こだわっているのは、髪の毛の長さなんですよ」
とレナは言った。
「じゃあ、同じショートでも微妙に長さの違いを感じているとかいうことなの?」
「いいえ、そうじゃなくて、気になっているのは、髪が伸びきった時なんです」
という言葉にマミは怪訝な表情を浮かべて、
「えっ、どういうことなの?」
「私の髪って、結構伸びるのが早いんですよ。最初の二週間くらいで、結構ある程度まで伸びてしまうんですが、途中からその成長が止まるタイミングがあるんです」
それを聞いてマミは納得するかのように、
「うんうん」
と言いながら、頭を下げていた。
確かにレナの髪は、
――美容院行ったんだ――
と思ってから、それほど長くない時期までに、結構伸びるのは分かっていた。
しかし、それほど気にしていたわけではないので、それがどれほどの期間ということは分からなかった。レナの口から、
「二週間」
という的確な情報を得ることで、納得できたようなものだった。
レナは話を続けた。
「それで、成長が止まってから約一月くらいになると思うんですが、そこからまた伸び始めるんです。今度はハンパないくらいの伸びを示していて、一気に自分でも鬱陶しいと思えるほどに伸びてくるんです」
マミは、
「まわりから見ている分には、そこまで急に伸びてくるような感覚はないんだけど?」
というと、
「それは、最初の二週間で伸びきった髪型を、その後の一か月という期間で見ているので、目が慣れてきているからなんじゃないでしょうか? 実際には朝起きるとハッキリと分かるくらいに髪が伸びているんです。でも、最近では少し違ってきているようにも思えているんですよ」
「どういうことなの?」
「髪が伸びているんじゃなくて、増えているような気がするんです」
「ということは、新しい髪の毛が生まれているということ?」
「ええ、だから、鬱陶しいんですが、前髪が顔に掛かるような感じではなく、何が鬱陶しいといって、増えてきた髪が重たく感じるんですよ。そのせいで、肩こりがしたり、頭痛に発展したりしているんです。この感覚は他の人では分からないと思うんです」
それを聞いたマミは、
――なるほど、私も肩こりがしてくると、それが頭痛に繋がったりするわ――
と感じた。
しかし、さらにレナの不思議な話は続いた。
「ここからが私も不思議なんですが、髪の毛に重たさを感じるようになると、決まってその翌日雨が降るんです。雨が降る前の日でも、人によっては湿気が纏わりついてくるのを感じる人もいるでしょう? そんな人は次の日に雨が降るって分かるんです。だから、雨が降ってきても、最初から予感があるので、頭痛から逃れられているんじゃないかって思うんですよ」
とレナがいうと、
「私も雨には敏感で、次の日に雨が降ると分かる方なのよ。でも、時々分からないこともあったわ。そして、雨の時に肩こりや頭痛を感じることもあった。今まではその因果関係をあまり意識していなかったけど、レナちゃんにそう言われると、まんざら信じられないわけではないと思えてくるわ」
と、マミが返した。
「マミ先輩も頭痛や肩こりあるんですね。私は頭痛や肩こりはないんですが、髪の毛の重たさには辛い思いをしています。本当は肩こりや頭痛に結びついてもいいんじゃないかって思うんですが、不思議とそれはないんですよ。でも……」
と、そこでそこから先を口にするのをレナは躊躇した。
「でも?」
とマミが下を向き加減なレナの顔を覗き込むように再確認すると、レナは少し恥かしそうな表情になって、
「でも、その時から、これもハンパないくらいに髪の毛が抜けるのを感じるんです」
というレナの表情には怯えのようなものが感じられた。
「髪の毛が抜ける?」
マミは、復唱した。
マミも髪の毛が抜けるのを意識したことがある。シャワーを浴びながら抜けていく髪の毛だったり、朝起きて、枕に何本か髪の毛が抜けているのを見たりしたことがあった。
枕についている髪の毛くらいはそこまで意識はなかったが、さすがに排水溝に纏わりついている髪は怖かった。幾重にも重なっていて、しかも濡れている。ホラー映画の一シーンを思い出させた。
枕についている髪の毛も、そのうちに意識するようになった。放射能を浴びた人や、ガンの人などが、枕元に抜けた髪を見て、自分の運命を悟るということを思い出したことで、変な意識が生まれてしまったのも事実だった。
――こんなこと、思い出さなければよかったのに――
と、自分が放射能を浴びたわけでもなく、ましてやガンなどであるわけもないのに、しばらくの間、気になってしまっていたのは、元々、
――ネガティブになれば、とことんまでネガティブになる性格――
という自覚もあったからだろう。
今はすっかり枕元の抜けた髪を意識しなくなったが、それもそのはず、枕元の抜けた髪を意識しなくなってから、髪が抜けることもなくなったからだ。
――そんなものなのかも知れないわ――
要するに、ネガティブに考えてしまうと、どんどん深みに嵌ってしまうマミにとって、精神的なイメージがそのまま表に出やすいということを示しているからだということを再認識したに過ぎないのだった。
――レナの場合は、髪が抜けることをどのように意識しているのだろう?