完全なる破壊
だと言えるのではないだろうか。
マミはレナのプライベートがどのようなものなのか興味がなかったが、この間ホテルで一緒の時間ができたことで、レナのことが次第に気になってきて、プライベートについても詮索してしまうのではないかと今までの自分とは違った世界が開けてくるのではないかと思うのだった。
女性が髪の毛を切るというのは、男性と別れた時と、相場が決まっているというようなニュアンスの話を聞いたことがあった。しかし、それはあくまでも統計的なものであって、人によって違うのではないかと思った。レナのように開放的な女性は、失恋くらいでいちいち髪の毛を切ったりしないような気がした。なぜなら、
――悩みを打ち明ける人はたくさんいるんだから――
と考えているに違いないと思ったのだ。
会社の中で、今年入社してきた中途採用の若い社員がいた。彼はまだ二十歳代で、結構有名な大手企業を退職してこの会社に入社してきた。大手企業を若い時に辞めるというのは別に珍しいことではない。その人がその会社に合っていなかったということなのか、それとも、本人のやりたいことと違ったのか、理由はそれぞれであろう。
レナはそんな彼に、
「どうして前の会社を辞めたんですか?」
とストレートに聞いていたのを、垣間見たことがあったが、聞き手の顔として、あっけらかんとした表情に嫌みはなく、彼がその質問をする彼女にどのような感情を抱くかということが焦点だった。
彼は別に気にすることもなく、
「別に大した理由はないですよ。僕が会社に合わなかっただけのことですよ」
と答え、
「ふーん」
と、それを聞いたレナは、聞いておきながら、返事を中途半端に返していた。
元々彼の返答も、漠然としていて、何とでも取れる回答だったこともあって、レナにとって物足りない返答だったのかも知れない。
しかし、彼が前の会社を辞めた理由を人づてに聞かされたが、彼は先輩の犠牲になったのが一番の理由だったという。先輩のミスの連帯責任として辞めざるおえなくなってしまったというのが表向きの理由だが、彼にしてみれば、レナに答えた返事も、まんざらウソではないと思えたマミだった。
――そんな会社にいたたまれなくなるのも分かる気がするわ――
今時、連帯責任など愚の骨頂だとマミが考えていた。
もちろん、その考えがその会社を今まで成長させ、一流企業と呼ばれるようにしたのだから、一概に愚の骨頂として一刀両断にはできないのかも知れない。しかし、会社というのは、
――社員あっての会社――
である。
時代が進めば社員の考え方も、性格もまったく違ってくる。そのことを無視して一つのことに固執するのは、内部から崩壊を招くことになるということを分かっていない証拠だろう。彼のような理由で辞めることになった社員も少なくないという。その人たちの中に、どれほど、
「俺はこの会社に合っていない」
と感じさせたことだろう。
「辞めてせいせいした」
と言っている人も結構いるに違いない。
レナは、彼のことを少し気にしていた。
レナは気のない返事をしたものの、それから彼に対しての視線が他の人と違っていることに気付いている人は少なかったかも知れないが、マミだけは気付いていた。
――レナちゃんは、彼を好きになったのかな?
と思っていたが、なぜかそれから少しして、彼はこの会社も辞めてしまった。
理由としては、
「家庭の事情」
ということのようで、そのこと自体にウソはなかったが、彼の送別会で、レナは今まで見せたことのない泣き顔を見せていた。
さすがにそれには他の男性社員もビックリしていた。
「彼女が大っぴらに泣くなんて」
と言われていたが、その涙の理由は、会社を辞めるのを期に、二人に破局が訪れたということだった。
彼とすれば、レナを自分の家庭の事情に巻き込みたくないという思いがあったようだ。それは彼なりの優しさなのだろうが、レナはしばらく落ち込んでいた。それでもさすがに送別会の時にはその思いが爆発したのか、号泣してしまっていたのだ。
他の人には彼女と彼のそんな理由までは知る由はなかった。付き合っていたことすら知らない人も多かったくらいである。
二人の破局は、送別会の日で、一旦の終焉を迎えた。
「私あの時、吹っ切れたのよ」
と、レナはマミとのホテルでの一夜の時、口走った。
マミは別にそのことに触れるつもりはなかったのだが、レナの方から言い出したのだ。その話をきっかけにして、レナは自分のことをまるで堰を切ったかのように話し始めた。
「マミ先輩には私のことを少しでもたくさん知ってほしいの。それも幅広くというだけではなく、より深くですね。だから、話し始めると、話は尽きないかも知れないわ」
と言っていた。
「いいわよ、これからも少しずつ聞いてあげるわ」
と、マミもその時、すっかりレナのお姉さん役になっていたような気がした。
――そうだわ。あの日の出来事は、恋愛感情ではなく、姉妹感覚だったのかも知れないわ――
と感じていた。
そう思うとマミは自分のその日を納得させることができるのだった。
レナが結婚するという話を聞いたのは、ごく最近だった。失恋の痛手がどれほどあったのかは分からなかったが、少しビックリしていた。
「マミ先輩は私のことをどう思っています?」
と言われて、何を答えていいのか分からなかったが、その時、レナは不思議なことを聞いてきた。
「私、髪型はロングとショート、どっちが似合うと思います?」
と言われて、
「そうね。ショートの方じゃないかしら?」
どちらが似合うかは、正直マミには分からなかった。
今までレナの髪型の良し悪しを考えたこともなかったし、その時々でその髪型が似合っていると思っていたからだった。
「ほとんどの人がロングだって言ってくれたんだけど、やっぱりマミ先輩はショートの方が好きなんですね?」
と聞かれたので、
「ショートが好きだというよりも、私の持論としては、ロングが似合う人はショートが似合うとは限らないけど、ショートが似合う人はロングも似合うと思っているのだ。だからどっちも似合うと思うんだけど、どちらかと言われるとお似合いなのはショートだと思ったのよね」
とマミは答えた。
マミのこの持論は小学生の頃から感じていたもので、まわりの大人の女性を見ていて、漠然と感じていたものだが、この考えがずっと変わっていないことで、いつの間にか自分の中での鉄板の持論になっていたのだ。
「実はね。私もショートが好きなんですよ。でも最初に聞いた人がロングだって言われてから、ショートって言ってくれる人を求めて聞いていくようになったんだけど、なかなかショートが似合うと言ってくれる人に出会うことができなかったの。それでいつの間にか意地になってしまっていたようで、ショートって言ってくれた人がいても、一人では満足できなくなって、人に聞くことが当たり前のようになったんですよね」
とレナが言った。
「でも、レナちゃんは私と知り合ってから、なかなかそのことを聞こうとはしてくれなかったけど、それはどうしてなの?」
とマミが疑問に思っていることを聞くと、