完全なる破壊
だが、マミはそれまでの話に深く入りこんで話を聞いていたために、彼女の言いたいことすべてを理解することはできなかった。それはえてして真面目な話をしている時などにはあったりするものではないだろうか。
マミは、会話の中で、立場的には対等ではないことを感じていた。
――あきらかに話の主導権は相手にあるのだ――
と思っていたのだ。
「ねえ、マミちゃんは髪の毛を触られて感じたりするの?」
彼女にそう言われて、考え込んでしまった。
「すぐに答えが出てこないということは、まだそこまでの感覚に陥ったことはないということね」
看破されたことが恥かしかった。
何も答えないでいると、
「いいのよ、何も言わなくて。いずれマミちゃんもその快感に浸れる時がくるわよ。今私がこうやってお話をしていることで、あなたの中では、想像力が増してきて、次第に妄想になってくると思うの。妄想を持つことは私は悪いことだとは思わない。髪の毛が次第に性感帯に変わっていくことを私は願っているわ」
「それにしても、あなたはどうしてそんなに髪の毛にこだわるんですか?」
「さっきも言ったけど、髪の毛には成長への限界がないのよ。次から次に生えてくる。だから切っても切ってもなくなることはなく、その分、新鮮なものに変わっていくの。それが生きていることの証明であり、その人の快感に直結していると思うのは無理なことではないと思うのよ」
「それは分かるんだけど、髪の毛っていうと、私のイメージでは、ホラー小説のネタになることが多くて、あまり気持ちのいいものではないと思うんです」
「それは逆ですよ」
「逆?」
「ええ、髪の毛が生きている証拠だからこそ、ホラー小説に使われるんだって思うんですよ。なぜなら、ホラー小説って、生と死との狭間をテーマにしているような気がするんですよね。もちろんホラーにもいろいろな種類があって一概には言えないんだけど、髪の毛がテーマになるようなホラー小説というと、やっぱり生と死の狭間がテーマのような気がするんですよ。だから生の証明が髪の毛であれば、死の世界にも何かを証明するものがあって、それぞれの結界を考えた時、見えているのが髪の毛の存在だって思うんですよ。そういう意味で、髪の毛が題材にされるのも無理のないことだって感じます」
と言われて、
「確かにそうですね」
と、彼女の説得力には頭が下がるだけだった。
マミがどこまで彼女の説得力を自分に納得させることができるかということは分からないが、彼女の話に圧倒されている自分を感じないわけにはいかなかった。
「髪の毛って、ある程度まで伸びるとそこで切ってしまうでしょう? ただ、これは伸びきったところが完成品だって考える人もいるようなのよね」
「完成品ですか?」
「ええ、伸びては切るの繰り返しでしょう? その一回一回を完結としないのが私の考えなんだけど、それを完結だと考えている人もいるようで、その人たちの考え方としては、髪の毛が伸びきったところが最盛期であり、髪の毛を切るのは、『完成品をそれ以上保たせておくことが破滅に繋がる』という考えに繋がるということなのよね」
今度は分からない話を始めた。
この話がさっきまでの話の継続なのか、それとも新規で始まった話なのか、マミには分からなかった。
「さっきまでのお話の続きなんですか?」
と聞いたが、彼女は
「あなたが続きだと思えば続きなのよ」
と、曖昧にしか答えなかった。
それだけ曖昧な話なのではないかと思うしかなかったのだ。
そんな話を聞いた時のことをなぜ思い出したのか、マミは急に我に返った。そして、自分が夢の中にいることに気付いたのだが、それがいつの夢なのか、そのことを考え始めていた。
髪の毛の話を思い出すことは今までにもあったような気がするが、それがいつだったのか、後になって思い出すことができなかった。
その時は覚えていたはずなのである。それなのに、思い出したことすら忘れてしまうというのは、後になって思い出した時にピンとくることだった。
――やはり夢の中だから忘れてしまうのかも知れないわね――
夢の中というのは、起きている時とは時間の流れが明らかに違っている。
「夢というのは、目が覚める寸前の数秒間で見るものらしいですよ」
という話を聞いてから、このイメージがマミの中で疑いようのない事実として意識させられるようになった。
だから、目が覚めるにしたがって夢を忘れていくものなのだと思うのであって、その証明だと思うと、自分を納得させられるのだ。
頭の中で辻褄が合ってくると、夢を別の世界だという発想もまんざら突飛な発想でないように思える。
「夢がごく短い間に見るものだっていう思いは分かる気がするんですけど、どうして目が覚める寸前だと言いきれるんですか?」
とマミが訊ねると、相手は少し拍子抜けしたような表情になったが、すぐに笑みを浮かべて、
「さすがにマミさんは、着眼点が違いますね。確かに目が覚める寸前かどうかというのは疑問に感じますよね。でも私にはそう思えて仕方がないんです。目が覚めるにしたがって夢を忘れていくと思っているからですね」
と彼女に言われて、
「そうそう、私もそうなんですよ。目が覚めるにしたがって夢を忘れていくんですけど、それを当たり前のことのように受け止めているんですが、その理由をあまり考えたことはないですね」
と、最初は身を乗り出すようにして興味を示したような態度を示したが、途中から次第に落ち着いてくるのを感じた。
「それはきっと、その考えが自分だけだという発想が根底にあるからじゃないですか? 少なくとも私はそうだったです。自分だけの考えだと思っていると、他の人には話せないと思うんですよ、そうなると、考えていることを自分で何とか納得させようとするんですよね。その時に考えるのが、当たり前のことだということなんでしょうね」
彼女もマミと同じような発想を持っているようだった。
マミは、なるべく興奮しないように平静を装いながら、
「なるほど、私にも同じような思いはありますね。当たり前のことだと考えているのがそういう思いからだとは考えたこともなかったですね。いわゆる逆転の発想のような感じですね」
本当は、当たり前だという発想に、
――自分を納得させること――
という思いがあることに気付いていた。
しかし、それをすぐに認めなかったのは、マミがもっと彼女の意見を聞きたかったからだ。マミが彼女と発想が同じだと相手に思わせると、話を端折ってしまって、本当に知りたいことを話してくれない可能性があると思ったからだ。少し遠回りになるかも知れないが、知りたいことを知ろうと思うと、遠回りをすることも余儀なくされるという思いを持っておく必要があるようだ。
「ところで夢って、本当に最後まで見ているんでしょうか?」
マミは自分の疑問を話してみた。
怖い夢であっても楽しい夢であっても、肝心なところで目が覚めてしまう。怖い時はその方がありがたいが、楽しい夢は、
――どうしてここで目が覚めちゃうのよ――
と感じたものだった。
「夢なら覚めないでって発想があるでしょう? それが怖いのよ」
と彼女が言った。