完全なる破壊
それまでにも意識はあったはずなのに、そのことを無理に意識していなかっただけなのか、それとも、その時は意識していたはずなのに、時間が経つにつれて忘れていってしまっているのか、どちらなのか分からない。自分としては、後者ではないかと思っているが、そのことに対しての確証があるわけではなかった。
――湿気を感じると、髪の毛が鬱陶しいのよね――
それはいつも感じていることだった。
髪の毛に纏わりつく湿気は、身体から発する汗のように何も発するわけではないのに、汗に負けず劣らず、べとべとになっている。せっかくストレートにしていても、湿気を帯びてしまうと、まるでソバージュが掛かったかのように、自然と髪が身体にへばりついてくる感覚が襲ってくるのだった。
――湿気と髪の毛って、切っても切り離せない関係にあるようだわ――
マミはそのことをかなり以前から感じていた。
そのためにショートカットにしたこともあったが、つい髪が伸びてしまい、雨が降らない時は、そのまま延ばしてしまうことが多かった。そのせいか、マミのイメージをロングヘアーと感じている人が多く、髪の毛を切るには度胸を要するのだった。
マミは髪の毛の伸びる方だった。中学時代などは結構延ばしていたが、校則違反にならないように後ろで束ねていた。
「マミは髪の毛をほどくと、きっと違うイメージになるんでしょうね」
と、学校でしか会わない人からは、そう言われていた。
しかし、実際に学校以外で会う人とは、
「あまり変わらないわね」
と言われていた。
――どっちなんだろう?
と、普段あまり鏡を見ないマミは、感じていた。
「中学生になったんだから、鏡くらいは頻繁に見なさいよ」
と母親から言われていたが、現実的なところのあるマミは、
――どうして見ないといけないのかしら?
と疑問しか浮かばなかった。
自分で納得できないことは、たとえ目上の人から言われたことでも、しようとは思わない。反発してしまうことが多くなったのは、自分で納得できないことを人から言われることが多いのを自覚するようになったからである。
髪の長さに関しては、中学生になってから急に伸びるようになった。美容院に通うようになったのもその頃からで、
「マミちゃんの髪質はサラサラしていて、光沢もあるので、結構ステキだわね」
と美容師さんから言われたが、それが本心からなのか、営業トークからなのか分からないマミは、
「そうですね」
と、相槌を打つしかなかった。
ただ、実際に髪の毛の伸びるスピードが早いのは自覚していて、
――髪を洗うのが面倒くさい――
と思うようになっていた。
本当はバッサリと切って、ショートにすればいいのだろうが、せっかく生えてきた髪の毛をバッサリ切ることには抵抗があった。
「女性の髪の毛には魂が宿るって言われているので、怖いものなんですよ」
と美容師さんから言われた。
彼女は、世間話のつもレナのだろうが、マミにはなぜか気になってしまった。
「そうなんだ。じゃあ、あまり迂闊に髪をバッサリ切ったりすることは控えた方がいいのかしらね」
と聞くと、
「そうかも知れませんよ。せっかくこんなに綺麗な髪の毛をしているのに、それをむやみに切ってしまうのは、もったいない気がするのよね」
彼女の言う、
「もったいない」
という言葉が、最初の、
「魂が宿っているので怖い」
という言葉と矛盾していることに気付いてはいたが、怖いという言葉を他人から聞かされると、無視してはいけないという考えに至ってしまう自分がいたのだ。
――髪型はしばらくロングのままにしておこう――
と思って、しばらくロングヘアーにしていると、そのイメージが定着してしまい、急に髪の毛を切って、イメージを変えることが怖くなっていた。
高校生になった頃には、他の学校の男子生徒から、
「あの髪の長い女の子が気になる」
という噂があるということを、クラスメイトの女の子から聞かされて、ビックリした。
マミもそこは女の子で、異性から、
「気になる」
と言われて嫌な気がするはずもなかった。
だが、他校の男子生徒から告白されることはなく、噂は噂でしかなかったようだ。しかし、
「髪の長い女の子」
というフレーズは忘れられないでいた。
その思いが今も残っていて、短大時代から、異性よりも同性から好かれているという印象を受けるようになっていた。
どちらかというと、先輩から可愛がってもらうというタイプで、自分がまるで猫にでもなったかのようなイメージを受けていた。
だが、男性からは別の目で見られていたようで、
「川村さんは、髪が長いせいか、どちらかというと大人っぽく見られるので、お姉さまタイプのようだ」
と噂されているという話を小耳に挟んだことがあった。
――そんなことはないのに――
と思いながらも、まんざらでもない自分がいるのは確かだった。
しかし、相変わらず男性からの告白はおろか、自分のことを気にしているという話も聞かない。
「マミちゃんは、女性から見るとまるで猫のように従順なところがあるのに、男性からは大人っぽく見られるところがある。そのギャップが男性を遠ざけているのかも知れないわね」
と短大時代に先輩から言われたことがあった。
「私は普通に男性と恋愛をしたいのにな」
というと、
「いいのよ。あなたは男性と付き合うというイメージじゃないから、私たちと一緒にいればいいのよ」
と言われた。
「そんな勝手に決めないでよ」
と、本当は言いたかったが、言葉にすることはできなかった。
男性からも遠ざかられていて、女性の先輩からも反感を買ってしまうことが怖かったのだ。
もし、ここでどちらからも反感を買うことになると、自分はどうしていいのか分からなくなる。その頃から、マミは一人で自分を慰める回数が頻繁になってきたのだ。
――どちらからも嫌われていないと思っているから、自分を慰めることで快感を得ることができるんだわ――
と感じた。
男性か、女性先輩のどちらからかでも嫌われることがあったら、自分を慰める行為自体が虚しく感じられ、快感を得ることができなくなると思っていたのだ。
――行為自体が快感を得ることになるわけではない――
いずれ、自分の前に、自慰行為以外の快感を与えてくれる人が現れると思っているからこそ、妄想が膨らむのだ。妄想がなければ、快感を得ることができないという当たり前のことをマミは自分を慰めるたびに感じていた。
マミの初めての男性は、マミが想像していたほどの快感を与えてはくれなかった。彼が下手だったというわけではないと思っている。自分の妄想が彼のテクニックをカバーできなかったのだ。
「えっ、逆じゃないの?」
と言われるかも知れないが、マミにとっては、自分の妄想は、相手のテクニックをカバーするものだと思っていたのだ。そのために自慰行為を毎日のように繰り返し、妄想を膨らませていたと思っている。
――男性ではダメなのかしら?
マミは、自分が同性愛者だとは思っていないが、短大時代から可愛がってもらえる自分に酔っていたところがあった。