短編集29(過去作品)
「北野くんは、どうして僕を誘ってくれたんだい? 僕は皆から嫌われているんだよ。僕と一緒にいると、君も嫌われるよ」
「ははは、そんなことを気にしていたのかい? 関係ないよ。僕は君が同じ趣味を持っている人間なので、いろいろ話してみたかっただけさ。もうすでに君とは友達だと思っているよ」
「ありがとう。僕も同じ趣味を持った友達がほしいとは思っていたんだ。だけど、嫌われ者の僕に友達はできないだろうと諦めていたけどね」
「そんなことはないさ」
そんな話をしていくうちに、次第に彼とは以前から友達だったような気がしてきた。
友達になれば不思議なものである。絵を見ている時と同じなのだ。じっと見ていればだんだん小さく見えてきて、中心を探してみるように思え、違和感がなくなってくる。そして最後は立体に見えてくるのだ。そこまでくれば、以前からずっと友達だったように思えて、話をしていても違和感などありはしない。
きっと北野も同じことを感じてくれているはずである。特に同じ趣味を持った友達である。ずっとこれからも同じ気持ちでいられるはずだと思えた。
北野と友達になって、一番よかったことは、余裕を持てるようになったことだ。元々自分に余裕はあったのだと思う。絵を見ている瞬間、あれが余裕だったのだ。しかし、そのことにずっと気付かないでいた。それを気付かせてくれたのが北野だったのだ。
――やっぱり、自分ひとりではどうにもならないことがあるんだ――
と痛感させられた。人から見られる目を気にしたり、意見を素直に受け入れるのも大切だと、初めて思い知らされた気がした。
するとどうだろう? 私はまわりに対して意識を変えたつもりなど毛頭なかったが、いじめがピタリと止んだ。それどころか、今まで嫌われていたと思っていた連中から、少しずつ声を掛けられるようになったのだ。これも気持ちの余裕に自分が気付いたおかげであろうか。話をしていると、そう感じることが多かった。
「以前の君を見ていると、小さな人間に見えたんだ。虚勢を張っているように見えるんだが、どこかオドオドしているんだな」
「やっぱり気持ちに余裕がなかったのかな?」
確かに誰かが近くに来ただけで、胸の鼓動が激しくなっていくのを感じていた。最初はそうでもなかったが、次第に耐えられなくなってくる。それをまわりの人は冷静な目で見ていたのだ。
胸の鼓動の激しさは、まわりの目を気にしている時だけではないことを、しばらくして知った。
すでに余裕のできてきた私は、まわりに打ち解けるようになってからのことである。
まわりに打ち解けてくると、今まで見えなかった部分が見えてくる。トラウマがなくなったと思ったら、今度は女性というものの存在が気になり始めたのだ。
それまでは、すべてが自分の敵のように思っていて、男も女も同じだった。いや、女の方が却って露骨に嫌な目で見たり、執念深かったりするので、余計に嫌だったが、男の友達が増えてくると、彼らの表情の違いが少しずつ分かってくるようになった。
それまでは、すべてが変なものを見ているような目しか気にしていなかったが、友達になってみると、人それぞれで顔が違うのが分かってきた。もちろん、それは私にも分かる。私自身も、それぞれ性格の違う友達を、同じような目で見ているわけではない。一人一人の性格に合わせた表情や目をしているに違いない。
そんな中で明らかに女性と接している時の皆の目はイキイキとしていた。
男同士では感じることのできない神秘性、それが女性との間にあるのだということを思い知らされたような気がする。特に今まで女性の視線に嫌なものを感じていた私には信じられないことだった。
「女性と付き合ったことあるかい?」
思い切って友達の一人に聞いてみた。中にはもし付き合っていなければ、言われることを気にするやつもいるので、一番無難な友達に聞いたのだ。
「ああ、あるよ。今はフリーだけどな」
「ふられたのかい?」
「いいや、こっちがふったんだ。と言えば聞こえがいいかな? まぁ自然消滅というやつかな?」
そう言い訳していたが、別に悲しんでいる様子もない。あっけらかんとしたものだ。
「でも、女っていいぞ。男にないものを持っているからな。まぁ、女にないものを男が持っているんだけどな」
含み笑いをした。だが、それが本音だろう。彼は続けた。
「お互いにないものを求め、そして補う。それが男女の仲さ。近づきすぎず離れすぎず、一番いい距離でいることが一番いいのかも知れないな」
頷きながら聞いている。
「僕も女性と付き合ってみたいな」
「できるさ。相手が魅力ある男性だと思ってくれればな。だが、君が相手に女性というものを感じないとダメだけどな」
至極当たり前のことを淡々と話している。話を聞いているだけで、次第に女性に対して興味が湧いてきた。これが、女性を意識するということなのだろう。
特に思春期、身体の発育も女性を求めるようにできている。身体の奥から湧き出してくるものが何なのか分からずに悶々としていたが、それが女性というものを求める「発情」というものだと気付いたのだ。
中学生としては、まだまだ早かったが、意識だけは頭の奥にあった。まだ早いという意識が働くからだろうか、女性と知り合う機会がない。それどころか、話をすることすら、なかなかなかった。
「お前は意識しすぎなんだよ。気楽にしてればいいんだ。時々お前が女性を見る目、怖い時があるぞ」
「怖いというと?」
「あんな目で見られたら女性は引いてしまうぞ。じーっと見ているだろう?」
確かにじーっと見ていることに気付いてドキッとすることがある。それも相手が私の視線に気付いて顔を逸らした時、初めて気付くのだ。それではすでに後の祭りである。
「これからは、気をつけるよ」
分かってはいたが、ハッキリ言われてしまっては、どうにかしなければならない。何とか気持ちに余裕をもたなければならないのだろう。
高校に入り、友達の紹介で女性と知り合うことができた。最初はグループ交際のようなもので、相手は近くの女子高生だった。友達セッティングの合コンだったが、同じ学校の女の子ではないというだけで、私にはとても新鮮に感じた。見慣れた制服ではないところが、新鮮だったのだろう。
女子高というと、私のイメージでは共学の女子生徒よりも過激なイメージがあった。確かに数人来た中のほとんどは、私が見ただけで化粧のノリがよかった。だからといって過激だとはいえないだろうが、少なくとも外見だけでも私の見てきた同級生の女の子とは、かなり違っている。そばに来るだけでほんのりと香ってくる香水の匂い、オンナを意識しないわけにはいかなかった。
――来るんじゃなかったかな――
と感じたが、せっかく友達がセッティングしてくれた合コンである、嫌な顔をするわけにはいかない。少なくとも期待をして望んだ合コン、楽しまなくては損だ。
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次