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短編集29(過去作品)

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 最初こそ、一人で来て、一人で考え事をするにはいい店だと思ったが、私は今日が最初で最後になるだろうと思った。だが、常連同士がすぐに仲良くなれる独特な雰囲気があるような気がしたので、また来てみたいと感じるようにもなっていた。
 須藤と友達が仲良く話していることで、私はもう一人の女の子と二人取り残されてしまった。彼女は物静かな感じが清楚に見えて、ショートカットがよく似合う、どちらかというと活発そうに見えるタイプだった。
 えてして私の中で活発に見える女性は、
――気が強いのではないか――
 と思う傾向にあったが、彼女を見ていてそれは感じなかった。ただ、活発に見えるわりに、大人っぽさを感じさせる雰囲気が、私を心を捉えたようだ。酔いも手伝ってか、そこから先はあまり会話がなかったわりには、お互いにずっと前から知り合いだったような錯覚に陥り、気心知れた相手に思えてならなかったのだ。
「まあ、そんな以前から、あなたは私に対して、ずっと知り合いだったと思ってくださっているのね?」
「ああ、そうだよ。だからあの夜だって緊張はしたけど違和感はなかったんだ」
「そうね。初めてにしては、そんなにぎこちないってわけじゃなかったわね」
「よせやい、照れるじゃないか」
 私と彼女が付き合ったと言える時期は、きっと数ヶ月だっただろう。しかし、それからも何度か会っていて、身体を重ねていた。
 気持ちが離れたわけではない。嫌いになったわけでもない。しかし、付き合っているという気にはならなかった。なぜなのだろう?
「あなたには、私が必要なの?」
「ああ、必要だと思っているよ。でも、付き合っているっていうのとは違うんだよね」
「そうね。私も付き合っているっていう気分じゃないわ。どういうものなのかしらね」
「恋人同士じゃないと付き合っているって言えないのかな? もしそうだったら、僕たちは付き合っているとは言えないんじゃないかな?」
「難しいわね。あなたの言うとおり、恋人同士じゃないと付き合っているって言えないのかしら? でも、付き合っているって思っていないとあなたは嫌なの?」
「そんなことはないさ。でも男には独占欲というものがある。だから付き合っていたいって思うんだよ」
「あなたにはあるの? 独占欲」
「そりゃあ、あるさ。だけど、君に対しては、不思議とそこまでないんだよね。嫉妬のようなものも浮かんでこない」
「きっと私があなただけしか見えていないからかも知れないわ。私は一人の人とお付き合いをしているとその人しか見えなくなるの」
「それは僕も同じだよ。浮気が悪いからとか、罪悪感からってわけじゃないんだ。きっと相手を大切に思いたい気持ちが強いんだと思う」
「そうね。私もそうだわ。独占欲って女にもあるのよ。きっと男の人とは少し違うと思うの。女の場合は少し露骨かも知れないわ。あからさまに嫉妬というのが顔を出してくる。少し嫌らしいものとしてね」
「でも、その独占欲が相手にとって嬉しかったり、束縛にあったりするから、結構難しいよね」
「だから、相手を求めたりもするんじゃないかしら? 抱きしめられたいって思うこと、女にもあるのよ」
「それが男の気持ちと合致すれば、それに越したことはないよね。独占欲がそのまま性欲に結びつくとは思えないけど、密接な関係ではある」
 そんな会話をしたことがあった。最初に感じた清楚なイメージはそのままだが、気の強さを日に日に強く感じられるようになってきた。だが、気が強い女性が私と二人だけの時に見せる甘えたような姿、付き合っているという気分ではないのに、なかなか離れられないのは、そのせいもあるだろう。
――私は本当に好きな人とでないと、付き合っていると思えないのかも知れない――
 と感じる。では本当に好きな人とはどんな女性なのだろう?
 私のことをすべて分かってくれるような女性? それとも私の長所を引き出してくれるような女性?
 私が好きになる女性を思い浮かべた時に、浮かんでくるのは、そんな女性だった。
 だが、私は「本能」というものを信じるタイプだ。自分の中にある「本能」、それが素直に表に出れば、「欲」というものに変わるのではないだろうか。「欲」が悪いとは思っていない。欲を持つことは、前を見ることに繋がると思うからだ。したがって素直な気持ちの「本能」は、自分自身を信じることに繋がってくる。
 私のすべてを分かってくれる女性、それは私の中にある「本能」も一緒に理解してくれるはずである。「本能」を理解すれば、自ずと私の長所も分かってきて、引き出してくれるはず、自分を向上させてくれる人が私にとって必要だと思った時、好きな人が目の前に現われると思っている。自信過剰ではあるが、だからこそ、自然体でいられるのかも知れない。
 彼女と知り合ったのは偶然だと思っていたが、そう考えると必然だったのだ。もしこれが偶然だとすると、彼女は本当に私にとって必要な女性ではないということになる。
「あなたって、とてもクールな人ね」
 彼女に言われて、一瞬ドキッとした。クールでいようと思っているわけではないが、彼女の私を見つめる目が情熱的なわりに、話が大人の会話になるため、ついつい紳士でいようと思っている。それがクールに見えるのだろう。
「そんなことはないさ。会話はいつもこんなものだよ。ただ、これでも結構、胸がドキドキしているんだよ」
 普段の声と、彼女と一緒にいる時の声との違いを感じていた。普段はもう少し声のトーンが低いはずなのに、少し上ずっているように聞こえる。実際に上ずっているつもりはない。ただ耳の奥に何かが詰まっていて、籠もって聞こえるような感じがするのだ。
 ちょうど、耳栓をしながら喋っているようで、自分の声をテープに吹き込んで、それを聞いたみたいに聞こえる。人が聞いている声と、自分で感じている自分の声が違うことは、以前テープに吹き込んだ声を聞いた時に感じていた。他の人も感じていたようで、
「テープで聞くと俺の声ってこんなにも違うんだ」
 と話したことがあった。
 その時にテープで聞いた自分の声を思い出していた。あまり私は自分の声が好きではない。
「あなたの声、とっても素敵よ」
 と、彼女は囁いてくれる。
「君に囁かれると、まるで魔法に掛かったようだ。ありがとう」
 ベッドの中でのいつもの会話だ。本当に素敵に聞こえるのだろうか? 自分でも不思議である。
「君は僕のどこがいいんだい?」
「声の素敵なところかしら?」
 妖艶な笑みを浮かべながらの言葉にゾクッとしたものを感じる。彼女の言葉を聞いていて、私も彼女のどこに惚れたのかを考えれば、次第に声が素敵に感じられてくるから不思議だ。
――声には魔力があるんだ――
 相手を思っている本当の気持ちが声になって表れるのだとすれば、まんざら私も、彼女から離れたくないと思っているのだろう。普段、思い出すのは、顔からよりも声が先だったくらいである。
 私はどちらかというと人に反感を買う方であった。誤解なのだと自分で思っているが、まんざらそれだけではないかも知れない。特に中学生の頃までは“いじめ”のようなものに遭っていたのも事実で、なぜなのか分からなかった。
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次