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短編集29(過去作品)

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「君が僕に相談に来る時は、きっと頭の中で結論は出来上がっているんだろうな」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、君の熱弁を聞いているとそんな感じがするぞ」
「そんなに熱弁なのかな?」
 口ではそう言ってみたが、考えてみれば確かに熱弁を揮っていたに違いない。自分ではその時には気付かないが後で気付く時もある。あるいは、後から人に、
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
 と言われてドキッとしてしまうことさえある。
「そんなことはないよ」
 と言いながら、頭の中では納得してしまう。
「君は熱血漢なんだな?」
「そうなのかな? 自分では意識したことないよ」
 言われて初めて意識するのだが、その時に以前にも同じことを言われたのだと思い出すことが多い。
 尾崎は自分には記憶力はない方だと思っている。学校の科目では暗記モノは苦手ではなかったのだが、なぜか宿題があってもそのことを忘れてしまっていたり、いろいろ考えて結論を出したことでも簡単に忘れてしまうことがある。メモを取っていなければ大抵のことは忘れてしまう。そんな自分が嫌だった。
 それでも、自分は他の人とは違う性格だと思いながら、それほどおかしな性格ではないと思っていた。
「君は変わってるね」
 と言われても、嫌な気分になることもなく、
「これが俺の個性なんだよ」
 と平気で答えていたのを相手はどう解釈しただろう。自分としてはすべて分かっている上での性格なので、変わっていると言われることにそれほど違和感は感じない。むしろ、
「他の人と違うのは素晴らしいことなんだ」
 と考える方である。
 それは今でも同じだ。皆と同じだと思うことでそれ以上の成長はなく、そのまま小さな社会の極小のネジで終わってしまうのではないかと思えてならない。自分はネジではなく歯車になるんだと何度思ったことだろう。だが、歯車とはどんなものなのか、まったく想像もつかない。
 いつも何かを考えている性格は、歯車になりたいという思いが形成しているのではないだろうか。結論の見つからない考えを絶えず持っている。それこそが、成長だと思っているのである。
 それはそれで立派な考えではなかろうか。相川に、
「君が相談に来た時は、もう結論が決まっている時だ」
 と言われた時に、その話を尾崎がしたように思う。そして論議は白熱し、紆余曲折しながら結局同じ考えに落ち着いたように思える。
 その時には自分が自虐的な考えをするなど思いもしなかった。もちろん相川にもそんなところはなく、お互い発展性のある考え方の持ち主だと思えてならない。
 その考えに間違いはないだろう。だが、いくら発展性のある考えの持ち主でも考えが空転したり、袋小路に入り込むことがある。その時に感じるのが、
――自分は他の人とは違うんだ――
 ということだ。普通であれば、
――こういう時、皆はどう考えるんだろう――
 と思うものだろう。尾崎にしてもそうだった。しかし、他の人とは違うと思っている尾崎なので、他人のことを今さら考えるのは自分の性格に反するものだと思えてくる。
 そこで陥るジレンマ、自分が孤独だと思いたくないと感じているからこそ、陥るジレンマなのである。きっとギリギリのところで耐えているジレンマなのだろう。
 裕子にはそんな尾崎のジレンマが分かっているようである。
 知り合った頃はまだ学生だったので、あの頃の尾崎は希望と不安に満ち溢れていた。希望も不安も果てしなかったのだが、希望は前に果てしなく、不安は全体的に果てしなかった。それだけ不安というものが漠然としていて、言い知れないものだったに違いない。その頃の夢をよく見るのも、それだけインパクトの強かった時期だったからだ。
 夢というのは潜在意識が見せるものだという。
 その頃の夢、それは楽しかった思い出だけではない。確かに友達と一緒に遊びに行く夢を見ることもあるが、それすら楽しい気分ではない。遊びにいっている間に、翌日試験があることを思い出して慌てる夢だったり、面接に遅刻してしまう夢だったりするのだ。
 もちろん、その頃にそんな経験があるわけではない。だが、決まって慌てふためく夢なのだ。自分に一番自信があった時期だと思っているが、それはきっとまわりの環境がそう思わせていただけなのだろう。夢から覚めて身体中にベットリと汗を掻いているのを感じた時、自信が両刃の剣のようなものであったことに気付くのだ。
 大学時代に楽しかったことと言えば、やはり友達と一緒に遊びにいくことであった。大学に入ると何もしなくとも友達が増える。いろいろな高校から入学してきた連中がいて、それも全国から集まってきていた。当然性格もいろいろで、友達になりたくもないようなやつが近寄ってくることもあった。
 それでも大学の雰囲気がそうさせるのか、皆がいいやつに見えてくる。それでも友達にはなるのだが、そのうちに本当に自分が馴染める連中だけがまわりに残るのが不思議に思えてくる。
 血液型を聞くと皆同じだったり、趣味や女性の好みを聞くと、どこかに共通点があったりするものだ。
「お前もそう思うのか?」
「じゃあ、お前も?」
 そんな会話を何度したことだろう。それだけで会話に花が咲いてしまい、そうなると時間を感じることなく会話がどんどん進んでいく。
――これが本当の友達というものなんだ――
 と思ったものだ。
 しかし、友達と一緒にいてどこかに遊びに行くことも多かったが、考えてみれば一人で何かを考えている時間というのも多かったようにも思う。しかしいろいろ考えていてもそれは所詮袋小路に入ってしまい、気がつけばいつも同じところをクルクル回っているだけだった。
 きっとそれは尾崎の経験不足のせいだろう。大学生といっても、まだ社会に出ているわけではなく、そのために募ってくる不安というのも次第に大きくなる。すぐに社会に出なければならない立場にあるのに、何も知らないことが不安を掻き立てるのだ。
 だが、それは尾崎だけではない。皆そうなのだ。だから友達と話していると落ち着くのだし、将来のことについて語り合うと時間を感じることなく話ができるのだ。
――皆不安なんだな――
 そう感じることで、最初は自分を納得させようとするのだが、その後はまったく逆で、まるで傷を舐めあっているのではないかと思うくらいだ。
「お前は考えすぎるところがあるからな。もう少し気楽になれないものか?」
 楽天家の友達に言われたことがあった。だが尾崎から見れば、
「お前はいいよな、悩みがなくて……。俺もそんな風に考えられればどんなにいいか……」
 と口に出したことがあったが、言った瞬間、「しまった」と思った。案の定、彼は怒り始めたのだ。
「俺だって悩みくらいあるさ、ないと思ってたのか? 悩みを悩みと思わないで過ごすように心がけているだけじゃないか。そんな風に言われるなんて心外だな」
 謝ったが、どこまで彼が許してくれたかどうか分からない。しかしその時に初めて、
――悩みのない人間なんていないんだ――
 ということが分かった気がした。言葉ではよく聞くが実際に実感したのはそのときが始めてだったのだ。
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次