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短編集29(過去作品)

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 鵜川という男、それまでは目立たないタイプだったのだが、そんな時代だからだろうか、しばらくして主任に昇進した。入社して二年で、しかも新卒での主任出世、誰もが驚いたに違いない。
 最初は誰もその主任任命目的が分からなかったが、どうやら彼の管理能力にあったようだ。人を管理するというより、経費節減を初めとする原価管理能力にも長けていた。
 それからの彼は一変した。それまで目立たなかったにもかかわらず、いちいち口を出してくる。電気のつけっぱなしを取り締まったりする雑務から、ノート一冊、鉛筆一本に至るまでの徹底した原価意識による在庫管理。誰にも真似のできるものではないだろう。
――鬼の鵜川――
 とまで言う者もいたようだが、そこにはリストラリストの作成に彼が一役買っているという噂があったからである。しかしさすがにそれはただの噂に過ぎなかったようだ。
 だが、それでも彼は同僚からそれほど嫌われているわけではなかった。確かに重要なポストについて、人事にも少しなのだろうが、口を挟むことができるのだが、無茶なことはしなかったからだ。
 元々リストラには反対だったようだ。
 大量リストラするまで会社は危なくない。まだ、細かい努力で何とかなると考えていたのだ。誤解などもあるようだが、それほど彼は皆と暗黙の了解のようなものがあったに違いない。
――どうしてここまで鵜川氏のことが分かるんだろう――
 と考えていたが、きっとじっと彼を見ていたんだろう。そのうちに尾崎に対してだけ風当たりが強くなったように感じた。小言ばかりで、まるで姑が嫁いびりをしているようだった。
 それでも最初は、
――なんで俺ばっかりなんだよ。他の人も同じようなことをしてるじゃないか――
 と思って、言われると露骨に嫌な顔をしていたものだ。そのうちに目を合わすのも嫌になり、なるべく避けるようになった。相手もそれを分かっているようで、こちらが避けると相手も避ける。そんなことの繰り返しだ。
 それは今でも変わっていないのだが、イライラしても仕方がない。意識しないようにしようとするばするほど意識してしまい、逃れられないことを知る。
――どうしたらいいんだ――
 そのままストレスとなって心の中で何かが叫んでいるようにさえ思えるほどだ。
 相変わらず鵜川は喋らない。それは尾崎に対してだけではなく、会社の人間とは必要以上のことは一切話そうとしない。それこそが鵜川の性格なのだ。
 鵜川という男を尾崎が意識し始めたのは、その頃からだった。それまではあまり気にならない相手で、嫌いでもなく、かといってこちらから仲良くしようという気にもならなかった。
 機会がなかったわけではない。一度鵜川が体調を崩し入院したことがあった。一度見舞いにいったことがあったが、仕事の都合の関係で仕事の仲間と一緒に見舞うということができない環境だった。中には見舞いに行く暇のない人もいるくらいで、尾崎が見舞いに行くのを知ると、
「よろしく言っておいてくれ」
 というだけの人もいる。中には何もしない人もいただろうが、それも鵜川の性格からすれば当然の報いではないかと思える。
 その頃はまだ鵜川をあまり意識していなかったが、できることなら仲良くできればいいと思っていた。しかしそれにはきっかけが必要で、それがないようであれば仕方がないと思っていた時期でもあった。
 彼には悪いが、入院は絶好の時期に感じた。身体が弱ってくれば人恋しくもなるというもの、いや、それこそ本音が出るのではないだろうか。それを期待していなかったとどうして言えよう。
 病室で、最初に見た顔、それはまさしく懐かしさに綻んだ顔だった。今まで会社で見せたことのない表情に、彼の本音を感じた。
――あんな表情もできる人だったんだ――
 やっぱり根っから悪い人っていないんだとも感じた。
 入院している人のお見舞いなど、中学の時以来だった。あの時は同じクラブの女生徒で、部活で怪我をしたのを皆で見舞ったのだ。どうしても相手は女性、しかも同じサークルともなれば個人的なお見舞いというわけにもいかない。本当は気になる女性でもあったので、お見舞いという機会をうまく利用できないかと考えたこともあったが、さすがに行動に移すわけにはいかなかった。
 それが初恋だったのかも知れない。女性に興味を持つなどそれまでなかったことで、いくら見舞いという口実を考えたからといって、女性を意識したのはその時が始めてだったのだ。
 その時、私は退院してきた彼女に思い切って告白した。
 告白してフラれる辛さよりも、告白せずにそのまま悶々としている方が辛いと感じたからだ。なぜなら時間が経つにつれ、思いというものが小さくなることは絶対になく、大きくなるのみだからである。
 だが、その時の告白は成功だった。時期的にも相手が尾崎の告白を待っている時で、お互いに気持ちが一緒だったに違いない。
 それからしばらく付き合った。お互いに自分のことを分かってほしいということもあって結構気持ちをぶつけ合ったように思える。激論とまではいかないが、気持ちをぶつけられる相手であったことが嬉しかった。
 だが、それでもお互いに異性と付き合うのは初めてだったので、ぎこちなくもあった。それだけに本当に欲している時に相手の気持ちに沿えることができたかどうか、疑問だった。
 彼女との別れは突然だった。付き合いはじめて半年もっただろうか? 初恋とははかないものだとよく聞くが、まさしくその通り、だが、どうして別れが訪れたのか、その理由もハッキリ分かっていない。
 それが初恋だと実感したのは別れてからかなり経ってからのことだった。最初は普通の恋が一つ終わったくらいにしか思っていなかったが、それが特別な恋だと思ったのは、次に違う女性と知り合ってからだ。最初に感じた付き合う相手に感じた違和感、それは、きっと初恋で味わったものとの違いからだろう。
 お見舞いというきっかけがなければ成立しなかった初恋。きっかけは何であれ、彼女への気持ちに嘘はなかったはずだ。
 きっかけは何であれ、それで仲良くなれればそれでいいと思っていた。
 鵜川に対しても同じ気持ちだったのだが、鵜川の場合は男性で、しかも会社だけの付き合いである。それほど難しいものではないはずだ。
 見舞いの時は、本当に会社で見せたことのないような和やかな雰囲気のあった鵜川だったが、退院してきてからは、いつもの鵜川に戻っていた。
 いや、それよりも、さらに自分の世界を作っているように見える。それだけ入院期間は仕事している人間よりも、さらなる果てしない時間を感じていたからに違いないからである。
 仕事をしていれば、その節目節目に向かって、思ったより時間を感じないものだ。だが、入院している時は、節目などなく、ただ死ぬほど退屈な時間が過ぎていくだけである。それはきっと果てしなく寂しいものだったに違いない。
 鵜川が退院してきてからの会社は、相変わらず厳しい状況だった。さすが鵜川氏、入院期間を感じさせない仕事ぶりは堂々としたものだった。それまで鵜川氏がいないことで自分の仕事がやりやすかった尾崎だったが、自分で感じているよりもまわりの評価が高くなっていることに驚いていた。
作品名:短編集29(過去作品) 作家名:森本晃次