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一日百時間

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 香澄は友達と一緒にいると言っても、相手とべたべたの関係になることを望んでいるわけではない。むしろ、適当な距離を保ったまま、お互いのいいところを吸収できればいいと思う程度のものだった。もちろん寂しさを紛らわせるためというのが本音ではあるが、それだけでは、いくらネガティブな考え方をしている香澄だとは言え、寂しすぎるというものだ。
 学生時代は、精神的にも余裕があったので、いろいろなことを考えることができたが、二十歳を過ぎる頃から、急に考えを改めなければいけなくなってきた。
 香澄はどこか呑気なところがあった。二十歳になって三年生になってくると、それまでとまわりの環境が次第に変わってきた。今までの学生気分から、次第に試験を目指す気分に変わっていかなければいけなくなったからだ。
 まわりの変化に、香澄は最初気づかなかった。どこか気ぜわしくなってきたまわりの雰囲気に気が付いてはいたが、気が付かないふりをしていたのだ。
 確かに勉強もしなければいけないのだが、それまで表面上だけかも知れないが友達付き合いをしてくれていた人たちが次第によそよそしくなり、話をしていても上の空だったり、まともに聞いていないように思え、煩わしさすら見えてくるのを感じた。
 それが次第に露骨に感じられるようになると、次第に自分の孤独さを感じるようになった。
 この時に感じた自分の孤独さには、どこか懐かしさがあり、決して嫌悪を感じることはなかった。むしろワクワクした気分にもなってきた。
――やっぱり自分なんだわ――
 自分は自分にウソをつかないという思いが懐かしさを感じさせるのだろう。
 ここでいうウソというのは、
――わざとらしさ――
 という意味である。
 人に対してはよそよそしくしていても、それをオブラートで包み込み、何とかごまかそうとする。そこに、
――私は悪くない――
 という気持ちが見え隠れしているのを感じると、香澄はわざとらしさが煩わしさに変わっていくのを感じたのだ。
――こんな思いをしてまで、人付き合いを続けていていいのだろうか?
 孤独に懐かしさを感じた香澄は、もはや友達というのは、自分が利用するだけのものだと思ってもいいのではないかと思えてきた。
 自分がそう思っているのだから、相手もそう思っているのではないかと思ってまわりを見てみると、今まで見えてこなかったことまで見えてくるような気がした。晴れてきた雲の向こうに見えるものが決して見たいものだと限らないことは分かっていたことだったっが、それなら見なければいいだけのことで、それを開き直りだというのであれば、
――開き直り、大いに結構――
 と感じるようになった。
 そう思うようになると、仕事での先輩から言われることも、気にしなければいいと思うようになり、説教も右から左だった。
 ただ、そんな態度は相手にも敏感に分かることのようで、香澄に対する先輩の評価は、あまりいいものではなかった。
「冷静というのか、冷めてるというのか。何を考えているのか、私には分からないわ」
 という意見だった。
「でも。学生気分の抜けない人よりもいいんじゃない?」
 という意見もあったが、
「そんなことはないわ。学生気分の抜けない人は抜いてやればいいのよ。でも、彼女のように内に籠ってしまっている人の気持ちをこじ開けるのは至難の業。本人が入り込んでいるんだから、無理にこじ開けるのは、却って意固地にしてしまうだけでしょう? かなり難しいんじゃないかしら?」
 先輩の考えは半分当たっていた。こじ開けるのは無理だが、入り込むことはできた。だが、仕事の先輩という立場では相手の気持ちに入り込むことはできないのだろう。そこが一番難しい問題だったのだ。
 香澄には今まで彼氏がいたことはない。
「付き合ってほしい」
 と告白されたことはあったが、なぜか付き合うまではいかなかった。香澄の中では付き合ってもよかったと思っているのに、付き合うことはできなかった。どこか舞い上がっているところがあり、それを自分の中で隠そうとしてしまうことが相手に誤解を与え、せっかく告白してきた相手としては、面目を潰された気分になったのだろう。
 そんなこととは知らない香澄は、
「告白してきたのは相手なのに、それ以上何もしてこないなんて、なんて中途半端なのかしら?」
 と、相手に責任を押し付けていた。
 相手主導から始まったのなら、最後まで相手主導でなければいけないという考えは、相手が女性であっても同じだった。元々ネガティブで引っ込み思案な香澄は、相手が衝動権を握ってくれるのであれば、その方がありがたかった。本当は主導権を握る方に権利は優先されるが、それと同時に責任も主導権を握った人にある。香澄は権利よりも責任を重視し、
――責任を負いたくない――
 という思いから、主導権を相手に握ってもらうことを願っていた。
 そんなオーラが香澄から出てくるのだろうか。主導権を握りたい人は、香澄の引っ込み思案な性格に目をつけて近づいてくる。
――この人になら、こっちが主導権を握ることができる――
 という思いで近づいてくるので、どっちもどっちなのだ。
 ただ、告白してきた相手が皆どっちもどっちと言える相手だったのかどうか、すべては香澄の思い込みだった。
 そんな状態で付き合いが成立するはずもなく、今まで彼氏がいたことはなかった。
 ネガティブな香澄だったが、初志貫徹の思いは結構強かった。学生時代にしっかり勉強し、念願のナースになれたのは、ひとえに香澄自身の努力のたまものである。そのことは自他ともに認めることで、初志貫徹できたことで、それまでネガティブな香澄を避けていた人たちも見直してくれる人もいたようだ。そんな状態で、
「有頂天になるな」
 というのは難しいことだろう。
 普段からネガティブな香澄は初志貫徹の思いを遂げたことで、これからの人生が変わることを望んだ。
 しかし、ここでも消極的な考えだった。せっかくナースになったのだから、積極的に自分を変える気持ちに少しでもなっていれば、将来は変わったかも知れない。だが、人生を変えるのではなく、変わることを望んだだけだった。他力本願の態度は表にも出るもので、先輩ナースから、
「学生気分が抜けていない」
 と言われて、ショックを受けてしまった。
 それまでであれば、
「言いたい人には言わせておけばいい」
 というくらいに思っていた。
 ナースになるという目標がしっかりと目の前にあったから、
「自分は自分」
 と、いい意味で割り切ることができた。
 しかし、ナースになるという夢は果たしてしまった。そこから先の成長についてまで、確固たる指針を持っていたわけではない。要するに気が抜けてしまっていたのだ。
 そんな状態で人から何か言われれば、脆くも崩れてしまう状態になるのは無理もないこと、しかも相手が憧れのナースの先輩である。いくら相手が自分のために言ってくれていると思っても、ショックは隠しきれない。そんなオーラを見た先輩は畳みかけるように罵声を浴びせてくる。
作品名:一日百時間 作家名:森本晃次