短編集28(過去作品)
それが最後の母の顔に現われているように思えて仕方がない。神経質な性格の私が覚えていなければならないことをことごとく忘れるようになったのは、きっとその前後だったような気がする。
――これが私にとってのトラウマなのだ――
と考えながら気がつけば河原に来ていた。
泰子の最後の従順さも思い出していたのだ。
相変わらず鼠色の空に吸い込まれる黒煙が、風があるにもかかわらず真っ直ぐに伸びている。河原を見ると子供が一生懸命に写生をしている。黒鉛を見ながら煙突を描いているのだ。
「何と不思議な色なんだ」
思わず声に出してしまった私にその小学生が振り向いた。
私の中にポッカリ開いた穴をその少年が埋めてくれた。それが本当に私にとっていいことなのか、悪いことなのか、私には分からなかった……。
「うっ」
思わず出かかった声を止め、私に向かって不敵な笑みを浮かべる少年の顔を見ると、明らかに小学生時代の自分だったのだ……。
( 完 )
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次