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短編集28(過去作品)

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「分かった。大学の近くのアパートを探してみよう」
「私も一緒に探してあげる」
「ありがとう」
 アパートは簡単に見つかった。泰子は毎日のように通ってきてくれている。その都度、母親の影を感じていたが、一日の中で母親のことを思い出す唯一の時間になっていた。
 しかし大学での生活は今までの私の生活とはかなりの違いがあった。最初の頃こそ、母親を思い出していたが、しばらくするとまったく思い出さなくなり、自分の頭の中からも消えてしまったようだった。
 その後泰子とは付き合い始めた。私にとっての初めての女性であり、私の人生すべてだと思ったことすらあったのだ。
 しかし、母親を思い出すことがなくなり始めて、泰子のことが次第に鬱陶しくなり始めていた。押しかけ女房も最初はよかったが、「あれしなさい、これしなさい」と、注文が多くなる。注文がそのうちに押し付けになり、命令口調に感じてくると、もうダメであった。
「いい加減にしてくれないかな。僕の時間も与えてくれよ」
 と言っても、果たして意味が分かっているのか、
「何言ってるの、あなたにとって私は絶対に必要じゃない。私にとってもあなたは必要なのよ。お互い必要なんだから、あなたに文句を言われる筋合いなんてないわよ」
 売り言葉に買い言葉、お互いにすれ違っていた。
 もっと強く言えればいいのだろうが、何といっても、初めての女性である。それまで知らなかったいろいろな世界を知ったのも泰子を通してのことである。泰子の目を通して見る世の中は、綺麗な部分、汚い部分、それぞれ色分けされていた。
 綺麗な部分は鮮やかに、色が瞳に反映されて見える。また汚い部分は淀んだように見え、明らかに汚さを醸し出している。私には不思議だった。
「どうして、綺麗な部分と汚い部分が綺麗に別れて見えるんだろう?」
 泰子に聞いたことがあった。
「それはあなたが、最初からそういう性格だからよ。自分で気付いているかも知れないけど、あなたにはそれが見えるの」
 言われれば何となく分かる気がする。定期的に変わる精神状態、何をされても何をしていても、嫌にならない時期がある。自信過剰になったり、何をしても許されるような大きな気持ちになる時である。そんな時は暑さ、寒さまで敏感に感じられる時である。季節感もしっかり感じることができて、本当に「生きているんだ」と思える時だ。
 かと思えば、何をしていても、すべてが虚しくなる時がある。いつも何かを考えていて、それが頭の中で結びつくことはない。一生懸命に何かを探しているのだが、どうしてそれを探さなければいけないのか、そればかりを考えていて、結局袋小路となって戻ってくる。何しろ、何を探しているかすら分かっていないのだから……。
 私には分かっていた。泰子が言いたい私の性格をである。
――泰子は私のことをよく知っているんだ――
 と思っただけでも、泰子には感謝している。しかし、それが鼻にかかってくると反対に怖くなる面も出てくるのだ。
――まるで魔女のようだ――
 大袈裟かも知れないが、いつも泰子に見張られているような感覚に陥ったのは、母親の影を泰子に追っていたからだろうか? もしそうだとすれば、実に皮肉なことである。母親のイメージを泰子に抱くことで、安らぎを感じていたはずだった。親離れしていないことへの戒めを自分に感じながらも泰子に惹かれていた私、今まで見えていても感じたことのなかった母の嫌な部分を泰子に見たと感じたことが、一番私を泰子から遠ざける理由となっていた。
 別れる頃になると、私と泰子の立場は逆転していた。私に従順な泰子になっていたのである。あれだけ私を束縛していた泰子が、最後は私にひれ伏すように、
「別れないで」
 と哀願を繰り返す。
 普通だったら可愛いと思うのだろう。しかし、最初から年上としての目でしか見ていなかった私にとって、むしろ泰子の態度は私にとって信じがたいものであり、一番見たくないものだった。元々私を束縛しようとしたのだって、自分に自信がなかったからだろうと考えれば、無理のないことだった。別れてしばらくして出会った時に言われた。
「あなたが私を通してお母さんを見ていたことは知っていたわ。本当ならマザコンなんて相手にしない私なんだけど、なぜかあの時はムキになったのよ。なぜかしらね。あなたに対して執着があったのも事実なんだけど、別れた後に考えれば実にバカバカしいことだったわ」
 そんな内容の話だった。
「君に束縛されていると思っていたんだ」
「そんなつもりはまったくなかったのよ。やっぱりあなたは私の後ろにお母さんを見ていたのね」
 そう言って悲しそうな顔をした。その顔は、私が家を出てくる時に見せた母の最後の顔そのものだった。その顔を思い出した私は無性に悲しさを感じ、泰子と別れたことを後悔したが、それも一瞬だった。お互いにそれぞれの人生があることを痛感しているからだ。
 とにかく私は神経質な性格だった。
 田舎で隣の家の工事の際に、ハッキリとそのことを思い知った。それまでも、何となく分かっていたが、神経質な性格で損も得もしたことがなかったので、意識をする必要もなかったのだ。
 しかし、神経質な性格は確実に損を自分に与えている。それでなくとも神経質な性格は短所である。神経質なくせに大雑把な私は、この性格に関してあまり褒められたものではないことを知っている。自分でも嫌である。
 泰子に対して強気に出たのも、綺麗な部分と汚い部分がハッキリ見えたからで、それを女性的な考え方だと感じていた。
 私は我慢強い方だと自覚している。あんまり人に対して怒る方ではない。それは自分が神経質だと思い始めてから特に感じることで、すぐに怒る性格だったら、それこそロクな性格ではないだろう。温厚とまで行かないまでも、あまり必要以上に感情的にならないよう気をつけていた。
 それが意識的なことではないところが私の長所なのかも知れない。逆に人を客観的に見るところがあるのか、そのため、友達ができると、付き合いは長かった。
 泰子ともきっと長続きするだろうと思っていたにもかかわらず、付き合いはじめて別れるまでに半年も経っていない。実際、半年が長いのか短いのか分からないが、私にとっては短かったように思う。別れる一月前くらいまでは、少なくともお互いに愛し合っていただろう。後から考えて、気がつけば別れていたような一ヶ月間であるが、その時は、別れを決意するまでにかなりの時間だったように感じていたはずである。
 愛し合っていたと思っていたはずの時期でさえ、後から考えれば不満が募っていたように思う。不満を無意識に我慢しながら過ごしていたので、泰子も自分も私が不満を抱えていることにまったく気付かなかったのだろう。しかし、私が気付いた頃には、もうすでに遅く、別れを決意する寸前だったのだ。泰子にしてみればまさに青天の霹靂、脳天に楔を打ち込まれたような心境だったに違いない。
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次