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短編集28(過去作品)

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 母は、台所の椅子に座って何かを飲んでいた。机の上にある濃緑色の瓶を見て、それがワインであることが分かった。ラベルには横文字でアルファベットが並んでいて暗くて見えなかったが、明らかにワインである。一度小腹が空いた時、台所を物色し、見つけたことがあった。それが今テーブルの上に置かれているのである。
――真昼間から呑んでいるなんて――
 そんな母の姿は今までから想像もつかなかった。アルコールすら口にする母の姿を想像したこともない。高校卒業して付き合った女性に年上の女性がいた。いわゆる逆ナンパのような感じだったが、私に唇を重ねてくる時の彼女の中に、その時の母親のワインでほんのりと赤くなった顔を思い出していた。
 思い出したといっても一瞬の母親の顔で、上目遣いに私を見つめる母の目の焦点は完全に合っていなかった。目は充血していて、虚ろだったが、
――女性というのは何とも妖艶な表情をするんだ――
 と感じたのはその時が初めてで、それがしかも実の母親というのは、何とも皮肉なものだ。
「お前はマザコンじゃないのか?」
 高校に入り友達に言われたことがあった。
「バカなことをいうな。そんなわけないだろう」
 とさぞかし顔を真っ赤にして、必死になって弁解していたことだろう。
「そんなに顔を真っ赤にするなんて、意識の中にあるんじゃないのか?」
 そう言われて思い出すのも、その時の妖艶な母の顔だった。原因は父との不仲にあったようだが、どっちがどのように悪いのか分からなかった。
――そもそもいい悪いの問題ではないだろう――
 立ち入ってはいけないことのように感じたのは、自分が多感な時期だったからかも知れない。
 それからの私は、両親との会話をしなくなっていた。思春期の多感な時期、両親がぎこちなくなっているのを敏感に察知していた私は、家に帰ってきても部屋に閉じこもっていて、暗い生活を余儀なくされていた。その原因が親にあるのは歴然としていて、
――憎しみ合っているようには見えないのだが――
 と不思議な感覚を持っていた。憎しみ合っているのなら、もっと感情を露にしてもいいように感じるのだが、感情を表に出すわけでもなく、目を合わせることなく緊張した雰囲気を醸し出されては、まわりにいる私までピリピリしていなければならない。実に辛いことだった。
 それでも、高校で親友ができたことで、勉強にしろ、遊びにしろ、友達のところでできることが私には幸せだった。親友は物静かなタイプだった。あまり表に感情を出すことなく、話しかけなければ自分から一切話すことなどないやつである。
 しかし一旦仲良くなるとそれまでのイメージは一変した。考え方もしっかりしていて、表から見ていての、
――何を考えているか分からないタイプ――
 というイメージを一蹴してしまった。
 しかもクールに見えたのだが、結構熱くなるタイプで、特に自分の意見は絶対に譲らなかった。
 自分の意見を最初に言ってしまわなければ気がすまないタイプであるくせに、人の話を聞くのも上手である。いわゆる聞き上手なのだが、それも、
――自分の意見や考え方がしっかりしているから聞き上手になれるのだ――
 と初めて感じたのも、親友と知り合ってからだ。
 しばらく両親はぎこちなかった。
――自分の気持ちをぶつけ合えばいいのに――
 と感じたのも親友の存在があればこそで、さすがにずっと一緒に暮らしてきた両親の間に開いた溝を埋めるのは、それほど簡単なことではないようだ。
 親友のおかげで、いろいろな勉強をさせてもらい、学校の勉強もはかどっていた。おかげで、高校の成績は悪い方ではなく、志望の大学もすんなりと入れるほどの成績をキープしていた。親友とは大学を目指すレベルが違っていたが、お互いに刺激しあっての勉強がよかったのかも知れない。
 お互いに志望校に入学できて、卒業式も無事に終わった。大学への夢と希望で気持ちが渦巻いている時期に、私は年上の女性と出会った。
 大学は都会で、そう、以前住んでいた工場地帯の近くにある。今では工場地帯も規模が縮小し、街の産業も工業から、観光やレジャーへと変わりつつあった。大学が進出してきたこともあり、年齢層も若者中心で、駅前などには洒落た喫茶店やブティックなどが軒を連ねていた。
「こんなところを毎日歩けるんだ」
 合格して歩く通学路は本当に私にとっての花道に感じた。昔住んでいた頃のイメージはどこにもなく、新たな人生の通過点には最高の場所である。
 何度か、嬉しくなって大学の通学路を歩いたことがあった。その時に声をかけてきたのが、泰子だった。彼女は私のことを最初遊びだったように言う。確かに大学生ばかりが歩いているところに私のような者が歩くと、目立っていただろう。垢抜けしていない私は、いかにも高校生だと言わんばかりの顔をして歩いていたはずである。
「ちょっとからかってみようなか? くらいの気持ちだったのよ」
 と付き合い始めてからしばらく経って、泰子がうそぶいていた。
 確かに、キョロキョロして歩いていたことだろう。見るものすべてが新鮮で、ストリートというより、アベニューと言った方が似合うおしゃれな街である。喫茶店が軒を連ねているため、香ばしい香りが魔法のように私の鼻をついた。
 ブティックのショウウインドウを見ていた時だった。
「もしよかったらコーヒーでも行かない?」
 後ろを振り向くと、少し髪を茶色に染めて、軽くウェーブの掛かった髪形をした女性が立っていた。高校生の私から見れば、どう見ても派手である。化粧もさりげなくではあるが施されていて、ほんのりと香水の香りが漂ってきた。
「え、構いませんが、僕でいいんですか?」
 思わずそう答えたが、しばらく自分の立場が分かっていなかった。逆ナンパというのは話には聞いていたが、自分からナンパもしたことない私が、女性から声をかけられるなんて、自分の立場が分からなくて当然であろう。
 それまでコーヒー自体、あまり好きではなかった。
――あんな苦いもの、よく好き好んで飲めるな――
 というのが本心だった。
「君はここの大学生?」
「あ、いえ、試験に合格はしたので、入学予定というところですね」
「あら、そうなの。大学生ではないと思ってたわ」
 彼女の私を見る目は明らかに好奇の目だった。しかし輝いた目をしている。ただ私が珍しかっただけではないようだ。そのことに気付いたのは、しばらく経ってからであったが……。
「そうですか? そんなに垢抜けてませんか?」
「ええ、まだまだウブって感じね。あら、ごめんなさい」
 彼女はハッキリというが、そのあとしっかりフォローしてくれる。まるでお姉さんのような感じを受けた。
 私が恥ずかしくて俯いていると、
「そんなに気にしなくていいわよ、私がしっかりあなたを立派な大学生にしてあげる」
「立派な大学生」とは一体どんな大学生なのだろう? しばらく考えていたが、どうにも分からない。
「私はここの大学の三年生。名前は小泉泰子っていうの。文学部に所属しているのよ。よろしくね。後でゆっくり大学を案内してあげましょう」
「ありがとうございます。一人で心細かったので、助かります」
作品名:短編集28(過去作品) 作家名:森本晃次